失敗を笑うのではなく楽しんじゃおう。

2014年08月26日

 失敗してもイイよ。と声かけしましょうという方針に、

いや、失敗を意識するような声かけはイカン!
 それするぐらいなら、成功するよう一緒に考えようじゃ~!
が私の基本姿勢です。

 が、ここにきて、逆の立場の意見に会いました。
失敗してもイイよといわれると、余分な力が抜けてやりやすくなる。

あらま。オドロキ なコメントです。

 きっと失敗したら、
やっちゃった。私ってドジ。ワーイ
 と照れ笑いするのでしょうね。
 失敗に対する嫌な思いが薄らげば、なんどもチャレンジするので、それもイイかもと思いも新たになったのでした。

 ということで今日の記事は、
失敗したら、笑った方がいいのかイケないのか?

 TA交流分析では、
失敗は笑わない!
 とキビシく指導があります。

 失敗したことについて、笑顔・笑いという心地よい刺激があると、
失敗を承認することになり、くり返す懸念があるからです。
 都合、成功したり物事を達成したりしないことになると考えるからです。

 さて、
それはそれとして、失敗ネタというかドジネタのうち、正直好感が持てるものもあります。

 例えば、
カバンに入れていたペットボトルのふたが開いて、中身がこぼれたとして。※去年の私の体験談。

 あぁ、いつもドジばかり。
なにかやろうとするとかならず邪魔が入る。
 ホントについてない。こんな人生さ。フっ。
と、シャア・アズナブルばりのニヒルな笑顔を作る場合。

それとも、
 あ、やっちまった!
あ~あ、にしても、このジュースのしみ、面白いなぁ。
 おーおーおー、こっから広がってこっちに来たのか!
  これぐらいの被害なら、少々みためカッコは悪いけど書類に影響もないし致命的ではないね。
と、予期せぬ決して好ましくない出来事であるにも関わらず、
 それをむしろ楽しんじゃう場合。

 さて、この2つの話を聞いたとき、私たちは、
なんだか前者は嫌な気持になりますし、
もちろんカラ元気の様相はぬぐえませんが、後者はなんとなくほほえましく思えるのではないでしょうか。

 両者で、何が違うのでしょう?

 前者は、好ましくない出来事が起きて、それをきっかけに、
落ち込んだり、無能を味わったり、人生に悲嘆したり、と嫌な気分にひたっています。

 一方の後者は、
 好ましくない出来事に、嫌な気分を味わいながらも、
 起きたことをありのまま受け止め、
すでにもう過去の取り返しのできない出来事として、ある意味あきらめているよう。
 そうして、その出来事の被害が広がることを防ぎ、その中でむしろ楽しみを見つけたようです。

 そこに私は、
失敗した自分に対するLOVEの気持ち。
失敗するというリアルな自分を受け容れた思い。
 を感じます。

 こういうことから、
 ペットボトルのふたをしっかり閉めてなかった結果という、
自分の失敗に対する態度として、

 後悔にひたる。
と、
 いっぺん失敗は失敗としてしっかり受け止めて、
起きた出来事と向きあう。
 そしてその問題を解決するにあたっては、せっかくだから楽しんじゃう。

 少なくとも2つの極があるようです。

 失敗は笑わない。
そして、
 失敗が引き起こした問題の解決を楽しみながらやる。

 失敗に関する私たちの態度、付き合い方には、
選択の余地があるのだなとしみじみ思ったのでした。

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