2018年02月20日

邪悪がまとわりついている感覚の話

 子どもの頃、オーメンやエクソシストなどのオカルト映画では、

 邪悪に取りつかれた主人公が、周囲の人に害悪をもたらしました。

 その主人公は、悪ではないにも関わらず、行くさきざきで自分と関わる人が不幸になるのです。

 まるで自分が邪悪な存在であるかのように。

 虐待や犯罪被害を受けた人は、自分に関係することで恐ろしいことがしばしば起きるために、

 自分が邪悪だ。

 悪に穢されている。

 悪がまとわりついている。

 と考えている人は少なくないようです。

 だから、
 誰かと関わるのをやめる。

 そう決断している人も。

 私聞風坊もその1人ですが、

 自分の身の回りに、ホントにいろいろな災難がいつもいつも起きるので、人と親密になることを基本控えているのです。

 なんだか邪悪が住み着いている感じ。

 常に邪悪に触れていて、邪悪を常に身近に感じていて、邪悪とともに生活していて、だから自分が忌避される存在であるような感覚を持っていて、

 社会のために。誰かのために。

 近づいてはならない。

 そんな思いを持っていて。

 ひっそり暮らしている被害者は少なくないようです。

 私自身、

 自分の身の回りで怒ったやっかいごとやおぞましいことは、

 親などの周りの大人が引き起こしたことだったことに気づいたのは最近です。
 
 どうしようもないやっかいな人たちにまとわりつかれていたこと。

 に気づいて、少しばかり誰かと近づくことのわだかまりが取れた思いです。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)心理・カウンセリング

2018年02月15日

アルコール依存症と肝臓の話

 アルコール依存症は飲酒のコントロールができない病と呼ばれています。

 これから車の運転をするなど飲酒してはならない時にも飲んだり、

 飲酒しだしたら途中で止められなくなったり、

 飲酒による身体への害や、約束が守れなくなるなどの人間関係への害や、
 仕事に遅れる、仕事する能力が落ちる、このままだと仕事を失うなどの害があると分かっているのに、
 飲んでしまったりと

 飲酒の欲求と上手くつきあえない病なのです。

 なぜ飲酒がコントロールできなくなるのかといえば、おおよその仕組みが分かっています。

 自分の欲求を抑え込み、文句も言わず辛抱強く自分に課せられた役目を果たし、

 不満をためたまま吐き出さず、じっと独りで耐え忍ぶ。

 そうして、ひたすら誰かのために何かのために役目を務める日々を送る。

 そんなストレス過多な生活の中で唯一の慰めが飲酒なのです。

 アルコールには血管を広げるなどリラックス作用があります。

 脳機能を麻痺させる作用も。
 
 日々の重責から解放される唯一の道具がアルコールなのです。

 ある意味、自分をいやす薬として摂取しているのですね。

 薬として常用しているうちに、アルコール耐性がついて、飲んでも効いていない感じになってきます。

 そこで、量を飲むようになります。

 そして、
 いつの間にか、体内にアルコールがある状態が通常になっている。

 アルコールがない状態が異常な状態。
 だから、アルコールを欲する。

 たとい飲む気はないとしても。

 こんな風に、進行していきます。

 さて、アルコール依存症を患う人の生き様ととても似た臓器が私たちの腹の中にあります。

 沈黙の臓器・肝臓です。

 栄養分を作りだしたり、大量の薬物、毒物を分解したりして、その人が活動するために、健康であるために、

 昼夜を問わずひたすら働いている臓器です。

 胃腸のように頻繁に痛みをうったえることもせず、

 過重労働で炎症を起こしているにもかかわらず、

 その苦痛は健康診断で数字として現れるのみ。

 沈黙を貫いて仕事をする。

 臓器の主であるアルコール依存症者と同じような働きぶり。生き様です。

 人が気づかないこと。無視していることを。臓器が知らせているのかもしれません。

 病というのは、その人の生き方に符合する部位に発現するような気がしています。
  
タグ :生き様


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)アルコール依存症

2018年02月10日

欲にまみれた支援をしてはなりませんの話

 カウンセラー

 相談員

 教師

 医師

 看護師

 セラピスト

 コンサルタント

 弁護士

 柔道整復師

 鍼灸師

 心理士

 サポーター

 支援員

 などなど、

 誰かの手助けをする人たちがいます。

 生業にしていたり、金銭的に無償であったりして。

 その時に肝に銘じていなければならないことがあると思っています。

 それは、自分の欲をよくわきまえていること。

 人助けをしたい。

 この子の笑顔が見たい。

 この子にもっと喜んでもらいたい。
 
 病に打ち勝ってもらいたい。

 権利を大事にしてもらいたい。

 もっと儲けてもらいたい。

 感情を介抱してもらいたい。

 認知のゆがみを直してもらいたい。

 などなどの思いは、すべて、

 支援者側の欲です。

 相手の思いからまったく独立した支援者の勝手な願いです。

 支援の動機がその人にこうあってほしいという願いであったとしても、

 それを相手に押しつけることをしてはなりません。

 相手を自分の欲を叶える道具にすることになるからです。

 この思いはときに、

 私が誰かにご飯を食べさせたいから、ご飯を食べていない子どもを探す。

 そんなことにもなりがち。

 支援者は自分の欲にまみれた支援をしてはなりません。

 自分の欲とよく折り合いをつけて、相手と向きあう必要があるでしょう。

 
  
タグ :


2018年02月08日

【再掲】 不登校・ひきこもりフォーラム2018のお知らせ

 あさってやります!

 2/10(土)の午前10時から午後4時半頃まで

 宮崎市立図書館隣の宮崎市総合福祉保健センター2階視聴覚室でやります。


 午前中は、専門支援職向けの内容です。

  仕事でこもる人と関わる人向けですね。

  宮崎ではとっても珍しい機会ですね。

  不肖、私聞風坊が一コマ持たせて頂きます。

 午後は、一般向けの内容です。

  家族はどう関わればいいかについてに軸になりそうです。

  発達障害、学習障害についても触れるようです。

 実のところ1日参加された方がより実りが大きいと思いますが、

 午前の部はショッキングな内容もあるかもしれませんから、本人やご家族関係者の方はご承知置きくださいませ。

 チラシはこちら↓




  
タグ :フォーラム


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)ひきこもる告知不登校

2018年02月05日

依存症・DV・貧困・ひきこもり・不登校などが平等な話

 アルコール依存症

 DV・家庭内暴力・デートDV・虐待

 貧困

 ひきこもり

 不登校

 などの出来事、状態、問題、困難は、

 差別なく、誰の身にも、どの家庭にも、どんな状況でも起きるということを

 前提とすることは重要だと思っています。

 宗教家の家庭でも、

 教師の家族でも、

 医師の家でも、

 弁護士の家族でも、

 公務員の家庭でも、

 良妻賢母と言われる人の家庭でも、

 里親を拝命している人たちであっても、

 差別なく、区別なく、平等に発生します。

 だから、
 社会的に地位があるからと言ってヒドいことをしない、起きない。

 という思い込みは捨てる必要があると思っています。

 社会的に信用があり、人助けを生業にしていて、多くの人から頼られていたとしても。

 その家庭で何が起きているか、その人たちが何をやらかしているかはまったく別のこと。

 見過ごしてはなりません。 
   
タグ :DV暴力虐待


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