トラウマ関連のことをよく知った上でのケアを実践する本を読んだのでした

2019年10月25日

 『トラウマ・インフォームドケア Trauma-Informed Care』
(川野雅資著 精神看護出版 2018)
 http://www.seishinkango.co.jp/s2_bo089.html

を読んで感動したのでした。

自分が求めていたのは、
やりたかったのは、

これだ!

と強く思ったのでした。

インフォームドというのは、
詳しく知っているとか、だからどうすればいいのか知っているという意味だそうですね。
インフォームドコンセント(※医療側の詳しい説明と患者の同意)で有名です。

トラウマについて詳しく知っている。

どんな出来事がトラウマになるのか。

どんな影響を与えるのか。

どうやって回復していくのか。

その道筋はどんな風か。

その道筋に必要なものはなにか。

何をせねばならないか。

何をしてはならないか。

などなどを、詳しく知っていて、実践する人たちが増えたら、

どんなに社会がよくなるでしょう。

病院でトラウマを負うことは少なくありません。
再受傷とか、セカンドレイプとか言われます。

カウンセリングやセラピー場面でも、児童相談所、児童養護施設でも。

警察でも、学校でも、地域の暮らしの中でも、親戚間でも、

もちろん親兄弟姉妹の間でもです。

だから、
トラウマ・インフォームドケアが実践されることを期待します。

そして、
少しでも理想のトラウマ・インフォームドケアができるよう、
最善を尽くしたいと思います。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)本の紹介トラウマ

寄りそっちゃダメな話

2019年03月15日

 一般的に、
 誰かを支援する際には、相手に寄りそうことが大事とされています。

 だから、
 支援職は、まず寄りそいます。

 そして、寄りそいます。

 なにがあっても、寄りそいます。

 やっぱり、寄りそいます。

 いつでも、寄りそいます。

 どうしても、寄りそいます。

 それしかやっちゃいけないかのように、

 寄りそいます。

 寄りそわねばならない!

 という呪いをかけられているように。

 否定もせず、肯定して、受容して、傷つけないように、厳しいこと言わないように、

 ほんとは病気なんだけど、その事を言わないように。
 
 ほんとは学力が足りないのだけど、それを言わないように。

 ほんとはそっちの方向だとうまくいかないんだけど、それは言わないように。

 相手の気持ちに寄りそいます。

 そして、状況に変化が起きない。ずっと、今のまま。何年も一緒。

 なんてことは割とありがち。

 こんな風になること、
 特に、ひきこもりや不登校系の支援場面では多い感じがしています。

 それゆえ、
 今ここで、相手の気持ちや行動に共感し、支持し、応援することが、

 人から助力が受けられる可能性を閉ざすことに、
 協力することにならないか?

 結果的に、
 支援者である自分の寄りそいが、
 心や身体の健康を害することに協力することにならないか?

 と、
 寄りそい・共感を批判的に考え直してみることは重要に思えます。

 例えば、
 ひきこもることで、安全を確保し、自分の心や身体を守っている場合、
 数十年これをやっているとデメリットの方が上回るようになります。

 動かないと身体は働きが悪くなります。
 また、
 社会と関わらなないと孤立により他者からの手助けも得られなくなるからです。
 ※自分がここにいる事を知っている人がとても少なくなる。

 それは、心と身体の健康を害することにつながります。

 だから、
 こんな状態になっている時、そうなりそうな予測ができるとき、
 ありきたりに共感、受容しちゃダメなんです。

 もし、ありきたりに共感受容すると、
 相手は、今のままでイイんだ、今のやり方しかないんだと思っちゃうことになりがちだからです。

 だから、
 支援する人の責任として、

 今後のリスクなり、予想されるデメリットなり、

 今のやり方以外の方法なり、

 を伝える必要はあると思っています。
 ※説明責任なんていわれてます。

 それは、
 相手が自分を否定されたと思うリスクをはらんでいます。

 それでも、伝えねばならないと思っています。

 それが、責務だからです。 
 ※支援職としておまんまくってる人は特にそうですね。

 傷つけないように、傷つかないように、当たらず障らずで、

 相手の自己回復をひたすら待つ。

 という関わり方は、この責務を果たしてないかもしれません。

 回復する力が弱っている相手には、
 こちら(支援する人)の助力が強く要されるというのは事の道理。

 だからとりわけ、
 支援職は、腰の抜けた寄りそいじゃなくて、

 腰のすわった、リスクを引き受けた寄りそい方が求められているように思えます。

 相手の困難の度合いが強ければ強いほど。

 支援する人には、心の強さ・タフネスが必要なようです。

   


眠れないのは、眠ることが恐怖だからかもしれない話

2019年03月10日

 寝入りが難しい。床に入って数時間眠りにつけないこともある。

 寝ても1~2時間で起きてしまう。

 朝、とんでもなく早く起きてしまう。

 いつも眠たい。なんだかすぐ眠くなる。ときにたまらなく眠くなる。

 と言う状態がフツーの状態になっている人は少なくないようです。

 ひきこもりで有名な昼夜逆転生活も、ある意味眠りの問題です。

 さて、この眠りの問題、

 人間は、起きたら数時間後に眠くなると言うリズムを持っています。

 このリズムが乱れることで眠りの問題が起きることがあります。

 この場合は生活リズムを整えることで対処します。

 同じ時間に起きて、同じ時間に食事して、同じ時間に仕事して、運動して、入浴して、同じ時間に眠くなってみたいに。 

 一方で、
 気持ちの問題から眠りの問題を抱える場合もあります。

 緊張が続いているとよい眠りが取れません。

 悩みごとが多く、深く、気になってしょうがないと、おちおち寝ていられないからです。

 考え事をして寝入りが悪くなり、

 気が安らいだ状態で寝入ってないので、ほどなく起きる。

 ときに悪夢を見て起きる。

 そんなこんなで朝早く起きてしまう。

 または、
 眠ることがとっても怖いから眠れない、眠りたくないという場合もあるようです。

 眠った状態は一番無防備な状態です。

 意識を無くすので、周囲を警戒することができません。

 少しでも警戒しておくために、気を高ぶらせた状態で眠りにつかねばなりません。

 いざというときにすぐ行動できるように、緊張を保ったまま眠らねばなりません。

 自分の安全のために。

 眠ることに抵抗がある。

 リラックス、心を安らげることに恐怖を感じる。

 そんな眠りの問題を抱えた人も少なくないようです。

 きっと薬は効きづらいでしょう。

 薬で眠ったら怖いことが起きそうなんだもの。

 自分の眠りの問題のパターンを知ることは大切です。



  
タグ :不眠恐怖


瞑想すらできなかった話

2019年02月20日

 現在、トラウマケアから健康な人のストレスケアまで幅広く活用されている瞑想です。

 一般的に、目を閉じて行われます。

 が、この目を閉じる行為ができなかったんです私。

 瞑想では、
 気持ちを落ち着かせるために目を閉じるのですが、

 つまり、
 目からの情報を遮断するのですが。

 目からの情報がなくなるととても緊張が高まるのです。

 目から情報が来ない分、耳をすましてしまいます。

 身体全体で情報を補足しようと全身を緊張させます。

 結果的に、気持ちが高ぶります。
 リラックスしない。

 つまり、
 目をつぶる意図が台無し。

 ちなみに、
 夜、寝つきが悪いのもこのからくり。

 目を閉じると緊張する。
 こんな身体の状態なので、

 身体が感じる緊張・不安と付き合いながら、

 緊張をほぐしていく必要がありました。

 目を開いたままで、瞑想呼吸をする。

 それも数分はできないので、

 2~3回やる。

 2~3回分、緊張がほぐれたことを実感する。

 次は1~2回、回数を増やす。

 その次は、数十秒リラックスした時間を味わう。

 その次は、上がった肩、偏った姿勢など、気づいたところからこわばっている筋肉を緩める。

 そんな感じで自分にできる範囲で、緊張をほぐし、

 リラックスを味わい、

 そうして、

 そうして、

 そうして、

 やっと最近、フツーに目を閉じることができるようになりました。

 いたずらに緊張しなくて済む機会が増えました。

 フツーの人ってきっと、こんな状態が多いのだろうな、一日のうちに。

 なんて思います。

 そんなこんなで、やっと瞑想ができるようになってきたというお話でした。

  
タグ :瞑想瞑目


人の絆は恐怖と愛情の二つがあるらしいと言う話

2018年11月10日

 どう考えても害にしかならない人間関係なのに、

 相手のペースに合わせて、

 相手のことが心配で、

 離れていられない場合、

 つまり、相手と離れると

 何か起きるか心配、

 きっと悪いことが起きる、

 自分がそばにいたら対処できる、

 離れていると不安でたまらない、

 なんて思いのときは、

 相手との関係は、恐怖にもとづいているかもしれません。

 相手と離れると恐怖を感じる、

 恐怖の絆です。

 もし、相手と離れていても心配なく、

 むしろしっかりしてくれているから、安心して今ここで自分の目の前の出来事に集中できる、

 チャレンジできる、

 頑張れる、

 のならば、

 それは愛情の絆でしょう。

 愛情の絆は、
 生きる力強さを与えます。

 離れる際に淋しさはあるとしても、

 たくさんの愛情・思いやりを受けた分、淋しさを胸にしながら勇気を持ってやっていけます。

 離れる際に淋しさと勇気を感じるならば、

 それは愛情の絆でしょう。

 なんてふと思いました。


参考文献
「心的外傷を受けた子どもの治療―愛着を巡って」(ビヴァリー ジェームズ 誠信書房)


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