とにかく罰を受けるひきこもり

2012年07月31日

 存外長い連続もののZ氏のつぶやきは、一休みして。
今日は、失敗について。

 以前から気になっていたことに、こもる人がなにかをやろうとするときの励ましの言葉として推奨されている「失敗してもいいよ」という言葉があります。

 これ、私、大ッ嫌いなんですね。
あんた失敗するだろうけど気にしなくていいよ。という風に、まるで失敗を予見してるようだからです。

 端から私たちこもる人の成功に疑問を持っている。
優しい雰囲気の裏に隠された、とってもえげつない心理を感じ取るからですね。

 さて、一般的には、期待通りじゃないことを、失敗と呼ぶのでしょう。
そして、失敗したら罰を食らうというルールが至る所で採用されています。

 その罰とは、ため息だったり、罰金だったり、体罰だったり、罵詈雑言だったり、無視だったり、居場所の収奪だったり。
このルールは、そもそもは、次からは嫌な罰を受けないために、失敗しないように頑張ることを期待しているのでしょう。

ですが、失敗-罰ということが常態化してくると、

 失敗を極度におそれて、
なにもやらなくなってしまうこともあるのです。

 罰を確実に受けないようにするには、なにもしないのが最善。
これはとても自然な考えですね。

 こもる人は、こういう過酷なルールの中で生きてきたのだと思います。

 そんな人が、「失敗してもいいよ」という優しい言葉を受けると、ひどい葛藤を生じます。
失敗の許可はあっても、罰を受けない保証はないからですね。

 今、失敗してもいいという(ある意味期待めいた)言葉を真に受けて、失敗したとします。
でもこれで安心かと言うと、そうでもない。なぜなら、罰を食らいそうだからです。

 失敗したこもる人は、すぐさまやってくる罰に瞬時に身構えるかも知れません。
今までがそうであったように。いつも通りに。

 だから、こもる人に安心して物事に取り組んでもらおうとするなら、
失敗しても罰は受けなくてもいいよ。
 と声をかけるのが、よりよいのだろうと思います。

 もちろん、自分自身にもこう声かけます。
失敗しても、私は自分に罰を与えない!


タグ :失敗許可

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