不登校について考える講演を聞いた話。

2019年06月20日

 不登校系の現状にあまり詳しくなかったので、

 勉強しにシンポジウムに行きました。

 そしたらびっくりの連発!

 あ然とすることがいくつも。

 知らなかった情報がいっぱいでとても勉強になりました。
 感謝感謝。

 話者のお話によると、

 先生が自宅訪問して、学校に来るよう刺激するのですね。

 健康状態の確認とか、

 顔が見たかったから来てみたよ的な、

 子どもへの思いやりではなく。

 学校の事情優先で。

 そのほかあれやこれやの方法を駆使して、
 とにかく、学校に来るよう来るよう刺激する。

 これが登校刺激の常識なんですね。

 プリントを渡すだけとか、先生が家に来たとか、学校行事の案内を届けたとかして、

 学校とつながっていること、

 学校が気にかけていることを伝えることで、

 いつでも学校に来て良いんだよと言うメッセージを伝えるという穏やかな刺激ではないのですね。

 ひったまがりました!

 これでは、恐怖が激増するばかりですわ。

 なんで先生たちは、不登校の子どもたちが学校を嫌いになるようなるよう頑張るのかしら?
 
 と首をひねってしまいました。

 そんなことからか、学校の関わり方に問題意識を持っている話者の人たちの話だったのですが、

 今の子どもの状態を説明する言葉で、不登校や苦登校など、

 学校に行く行かないを核にして、出来事を考えていることが気になりました。

 議論が、学校を中核にして進んでいるんです。

 学校で教育を受けるというのが動かしがたい摂理のように、いわば学校絶対主義みたく。

 これでは、子どもが学校に合わせることになります。
 子どもが望むと望まないとに関わらず。

 学校に行くか行かないか。
 楽しかろうが、苦しかろうが、登校してるかしてないか。

 つまりは、
 学校に合うか合わないか。

 学校が基準。
 学校が主。
 子どもが従。

 不登校を考える人って、結局、
 学校を主軸にして考えてるみたいな印象を持ちました。

 これとは、全く逆に子どもを主軸にして組み立てることも実は可能です。

 子どもがどのような学びを望んでいるか?

 を基準にして、

 ならば、一般的な学校形式ですね。

 ならば、自宅学習ですね。

 ならば、○○ですね。

 みたく、
 子どもに適した学びの形を大人が提供する。
 子どもが自分の学びの形を選択する。
 
 そんな風に、
 たくさんの学びの形の一つとして、一般的な学校がある。

 いわば学校の相対化。

 それが私たちの意識に根付いた時、

 学びの楽しさを実感できる子どもたちが増えるように思えます。

 さて、
 そのほかのお話を、ひきこもりと関連させると、

 不登校している時間に価値を見いだせるようになると変化が起きる。
 という話は、
 今こもっている人たちに、今の時間をどのように自分のために使うか?
 自分のために使えるようになればいい。

 ということにつながるように思えます。
 私もそう思います。

 ひきこもらされた。
 でなく、
 ひきこもりの時間をどのようにデザインするか?

 どのように自分の役に立たせるか?

 決めるのは自分。できるのも自分。と考えるからです。

 また、
 元気な不登校とそうじゃない不登校があるように感じました。

 学校が合わないならば別の道を歩めばいい。
 と思えるのが元気な不登校。

 それとは別に、
 どうにも怖さが先立って身動きできなくなる不登校もあるように思えます。

 これはひきこもり状態と言えるのでしょう。

 そう考えると、
 不登校関連の世界でよく言われる、

 不登校からひきこもりになる。

 は、当てはまらない場合が少なくないのではと考えます。

 不登校→ひきこもりではなく、

 むしろ、

 若い(幼い)ひきこもりが→大人のひきこもりになる。
 
 の方がしっくりくる感じ。

 8050問題を意識すると、
 大人のひきこもりが高齢ひきこもりになる。
 でしょうか。

 そんなこんなで、
 なんとなく、
 不登校とひきこもりは根本的に違うような気持ちを持って、
 帰宅したのでした。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講不登校

専門家が連携するための研修を受けたのでした

2017年10月24日

 この間、宮崎大学医学部地域医療・総合診療医学講座さんが主催する

 他職種連携教育コーディネーター研修の初回を受講したのでした。

 現在の医療や介護は、専門職同士が緊密に連携する必要性が高くなっていることから、実施されているのだそうです。

 これまで、
 医師や看護師やその他医療関係者、介護関係者が患者さんや利用者さんへのサービスの質を高めるために

 どんどん専門分化して、

 どんどん高度な知識と技術を習得していき、

 仕事の守備範囲が確立されてきたがゆえに、
 ※専門職同士の垣根が高くなった。

 同じような立場の専門職とのつながりが薄くなってしまい、

 結果、患者さんや利用者さんへの全体サービスが影響を受けているようなのです。

 その問題を解決するために、求められたのが専門職同士の連携をとる仕組みを作り上げる人材なのだそうです。

 印象に残ったのが「言葉」の問題です。
 
 実は、
 専門がちがうと、仕事中フツーに使っている「言葉」が違っているので、
 コミュニケーションが成り立たない場合が少なくないとか。

 医師・看護師はシンカテが簡単に分かるし、
 作業療法士はクッキョク、シンテンを頻繁に使うし、
 
 でも、それ以外の人たちにとっては???な言葉なんです。
 ※上記はそれぞれ、心臓カテーテル、曲げる、伸ばすです。

 だから、幼稚園児にも分かるような言葉を使ってコミュニケーションするようにしているのだそうです。

 「言葉」が通じない。

 これは、異職種専門職同士に限らず、患者・利用者に対しても同じようです。

 講座では、患者家族になってみる機会があったのですが、その立場になると、
 とても親切で熱心な専門家の言うことが半分も分かりませんでした。

 専門家の「言葉」を誰かに一つ一つ解説してもらう必要を感じました。

 「言葉」の問題は、とても大きな問題のようです。

 さて、
 ひきこもり支援も、単体の専門職、専門機関だけで担えるような、簡単な話ではありません。

 専門家が連携しなければ、事態は改善しない場合がほとんどでしょう。

 宮崎には、ひきこもりネットという専門職連携の仕組みがありますが、講座を受講して、

 現在のネットをもっと機能させつつ、もっと連携先を開拓せねばと思ったのでした。

 「言葉」を大切にしながら。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

失った痛みをケアする講演を聞いたのでした。

2017年04月13日

 先日、グリーフケアという喪失体験をケアする講演会を受講しました。

 宮崎グリーフケア研究会さん主催です。

 死別、離婚、事故、災害、犯罪、病気、ケガ、などの出来事により、

 人は何かを失います。

 その時、心は傷みます。

 その心の痛みを癒すために何ができるのか?

 何をせねばならないのか?

そんなお話が聞けました。

 大切なのは、痛みや悲しみや苦しみや怒りやいろいろなネガティブな感情を押し込めないことのようです。

 つい、辛いできごとに触れないように、話題にしないようにすること、

 早く忘れて日常を取り戻すことが優しさのように思いがちですが、

 一概にそうとは言えないようです。

 人は、痛みや悲しみを受け入れる作業・時間が必要みたい。

 それが十分できたときに、喪失体験から解放されるようです。

 グリーフケアは、その作業に寄り添うことのように思えます。

 それは、

 痛みを感じるとき、

 なにか心地よくない感じがするとき、

 あの人は、

 私は、

 何をなくしたのだろう?

 と考えることから始まるようです。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

デートDVのこと

2017年03月07日

 先日、認定NPO法人エンパワメントかながわさんのデートDV研修を受けたのでした。
 http://npo-ek.org/
 そこでの学びからの気づきを少し記します。

 DVは、夫婦(パートナー)間暴力のことを言います。

 デートDVというのは、夫婦ではないけど、恋人同士のような親密な関係の中で起きる暴力を言います。

 ですから、年齢的に若い人たちの親密な関係で起きる暴力を指すイメージがありますね。

 エンパワメントかながわさんは、中高生・大学生向けにデートDVの予防講座を積極的に実践されています。

 さて、デートDV。
 他の問題と同じように、何が暴力にあたるのかを知ることが一番最初の大事。

 たたく、ける、物を投げつける、バカにする、メールを監視したり、友だちづきあいを制限したり、性的な行為を無理やりしたり、デート代などを無理やり出させたりと、

 とにかく、相手の気持ちや、行動や、考えなどを尊重しない一方的な関わりですね。

 目線を変えると、自分の気持や行動や考えなどを相手に強要する行為となるでしょうか。

 恋人間にあって、一方だけに価値を置いて、もう一方の価値を軽んじてる関係。
 前者がDV加害者、後者が被害者にあたるでしょう。

 お互いに大切な存在。

 お互いに価値ある存在。

 という意識の希薄さが、こういう行為を生み、こういう関係を作り、維持しているようです。

 あなたには価値がある。あなたは大切な存在。

 お互いがそう思えていると、暴力的な関係にはならないのかもしれません。

 それは、

 私には価値がある。私は大切な存在。

 という思いに裏打ちされてのことでしょう。

 そしてそれは、
 過去に大切にされなかった経験と切り離す必要があるのだろうと思います。

 過去、ぞんざいに扱われた。

 あの時も、横に置かれた。

 あの場でも、先送りにされた。

 また、価値を置かれなかった。

 にも関わらず、

 今ここで、私は、私のために、
 害が少なく、益が多いことをする。

 価値を置かれなかったにも関わらず、

 私は今ここで私に重きを置く。

 そんな感想を持ちました。

 

 

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

トラウマケアの研修受けたのでした

2016年12月04日

 先日、トラウマケアの研修を受けに!

 半分は観光で!

 神戸に行ってきました。

 主催は、

 カウンセリングオフィスPomuさんです。

 トラウマケアが専門で、

 身体からの無言のメッセージを重視し、

 特にリソースをとても大切にされています。

 トラウマと言えば、話すことで楽になると長らく信じられていましたが、

 実はそうとは限らない。

 むしろ話すことで再体験、再受傷する。

 ということが最近は指摘されています。

 ではどうすればいいかというと、安全安心。

 心が穏やかな状態をまず確認し、少しでも味わうこと。

 自分の力で、自分を心地よくできる自信が十分についてから、

 トラウマについて語るという手順です。

 今回は、こんな風にトラウマを扱うリソースとなる心地よさを構築するための研修でした。

 だから、とっても安心した雰囲気。わきあいあい。のびのび。

 それでいて、慎重にすべき重要なポイントがいっぱい。

 とても喜びいっぱいの研修でした。

 加えて、
 ある意味山登りのような異人館めぐりも楽しんだし、
 灘の酒蔵で、珍しいお酒の試飲もできたし、

 とってもリソースフルな神戸研修でした。

 と、珍しくブログっぽい記事でした。 
   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講トラウマ