2018年04月30日

オトナになるな! そして 子どもであるな! の話

 久しぶりにTA・交流分析の話です。

 TA・交流分析の禁止令の理論では、
 「○○するな!」「△△であるな!」という命令調のメッセージを自分に下しながら人は生きている。

 と考えます。

 否定の形で表された行動規範として、

 または否定の形で自分のありようを表して、

 自分を律するのですね。

 これらの自分を律するメッセージを禁止令と呼んでいます。

 禁止令はいくつもありますが、
 今回は、以前から気になっていた禁止令の組み合わせのお話しです。
 
 それは、

 オトナになるな! と 子どもであるな!

 オトナになるな! は、
 成長するな! と同じ意味で、いつまでも子どもであれ! というメッセージです。

 源泉は、
 自分で考え、感じ、判断し、行動するオトナに成長しないで、
 (オトナ・親の)私が考え、感じ、判断し、望む行動をするような子どもであり続けなさい。
 という周囲のオトナ・親からのメッセージです。

 一方の子どもであるな! は、
 自由な子どもであるな! 無邪気な子どものように振る舞うな! という意味合いで、
 素の自分でいるな! 正直な自分でいるな! というメッセージです。

 いずれも源泉は、
 私の言う通りにしなさい!
 という周囲のオトナ・親からのメッセージです。 

 2つに共通するのは、
 自分らしくあるな! 
 周囲の人に従いなさい!

 という意味合い。

 だから、
 この命令に従っている人は、周りの人の言うことを基準にして考え、感じ、行動します。
 概ね周りの人の判断に従います。

 自分の考えがないので、
 君はどうしたいの?
 と訊かれるととっても困ります。

 素直な自分の気持ちを感じないようにしているので、
 好きとか嫌いとかが分かりづらくなっています。
 きついとか無理してるとかも。

 だからつい頑張りすぎてしまいます。

 アダルトチルドレンに代表されるような生きづらさを抱える人は、この2つの禁止令を持っているように思えます。

 成長してもいいみたいだよ。
 素直な自分でいてもいいみたいだよ。
 今よりちょっとばかし。

 こんな感じで、自分に許可を与えると、少し楽になるかもしれません。
   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

2017年12月27日

自分を責めるフラッシュバックのこと

 もっとやれたよね!

 なにやってんの!

 やっちゃいけなかったよね!

 みたいに、過去に自分がやったことを瞬間的に思い出し、

 自分を責める形のフラッシュバックがあります。

 ふとしたきっかけで、自分の日常生活の中にその映像が侵入してきて、

 一気に自分をさいなみます。

 このスタイルのフラッシュバックに長年苦しんできました。

 子どもの頃からです。

 最近ふと気づきました。

 やれて当然ではなかったんだ。

 まだ、到らなかったんだ。

 未熟だったんだ。

 小さかったんだ。

 それが実態。

 ありのまま。

 しようがない。

 それでOK.

 自分が設定したOKライン。
 それは完璧な言動。

 でも完璧にはほど遠かったのです。
 現実の私は。

 そしてそれは普通。

 高すぎる達成目標を後から設定する癖のある私聞風坊は、いつも未達状態。

 私NGなのでした。

 後からハードルを上げて不合格にするのだから、頑張りようもありませんね。

 このフラッシュバックの目的としてはただ一つ。

 自分にダメ出しすること。

 この意図に対抗するために、あるがまま、完璧でない自分を認めてみました。

 そしたら、フラッシュが昔ほどはなくなりました。

 降参する。

 大事な戦略かもしれません。

 TA・交流分析的な視点だと、子どもであるな、するな、やるならば完璧に! の命令に縛られていたとなるかもしれませんね。 

   


2017年12月18日

人を信じることがものすごく難しい話

 人が好き、人が苦手、

 人見知り、引っ込み思案

 積極的、消極的、

 明るい性格、根暗

 性格については、古来いろいろ描写されています。

 さて、
 私聞風坊は、結構不信感が強いのです。

 何か悪いことが起きるのではないかという不安感とない交ぜになって、

 人と関わることにものすごく神経を使います。

 これ、性格だと思っていました。

 実際性格なのですが、

 その由来は、親にあったのではとふと思ったのです。

 親はものすごく不信感が強く、疑り深く、そして他人のことをヒドく言う人たちでした。

 世の中に、自分を思いやってくれる人は誰もいない。

 全員が自分たちの敵だ。

 お前もその一員だ。

 という風に、子である私ですら信用していませんでした。

 だから、家族の大事な話は私はいつもかやの外。

 親と形作るであろう家族の中に私は入っていませんでした。

 そんな親のメッセージを取り込んでいるために、私自身が人間不信が強いのだろうと思い至ったのです。

 Pの中に入っている。

 なんて言い方をしますが、

 私のPは、実の親からのメッセージでいっぱいなようです。

 親のように私も感じ、思い、行動する。

 ことが習い性になっているようです。自分本来の性格と思うほどに。

 だから、私の行動規範は、親のそれと同じように不信にもとづいています。

 不信をベースに社会の中でやっていくのですね。

 ですから、パソコン購入から旅行の予約、仕事の約束など
 特に契約の形をとる信頼をベースに何かする時はとてもストレスを感じます。

 相手を信頼しないと成り立たない行為だからです。

 とはいえ、これまでの信頼できる人たちとの出会いは、私の新しい人生の糧となっています。

 人を信頼してもいい。自分の感性に従って。

 そんな経験を重ねています。

 そうして、無意識に取り込んだところの私を縛る親のメッセージから自由になっていくようです。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析過去の出来事

2017年12月15日

自分を守る保護膜の話

 久しぶりにTA・交流分析関連の話です。

 「親」、Parent、または単純にPとして表記される私の状態があるとされています。

 その状態にいる私は、まさに親のように、

 または子どもの頃に出会った大人のように、

 究極、その場での振る舞い方を示してくれた自分以外の「誰か」のように、

 今ここで振る舞っています。

 それが、今ここで周囲から期待された振る舞い方であれば安全、安心が得られます。

 もし、期待されたものでなかったら、緊張が走りますね。

 その場その場での適切な振る舞い方を知っているということは生きていく上でとても大切です。

 さて、
 生きていく上で、素の自分の本音通りに振る舞うと、周囲と不協和音が生じることがあります。

 だからといって、本音を横に置いて、周囲の期待に応えるばかりでは、苦しさが募りやっていけません。

 この時、素の自分と周囲との仲立ちとなる何かがあれば、楽に安心・安全が保障されそう。
 
 それは、
 素の自分と自分以外の世界との間にあり、
 素の自分を包み込む保護膜のような何かで、
 調和のとれた振る舞い方を知っています。

 それを私聞風坊は、Pと考えています。


 その場その場でどのように振る舞えばいいかをこれといって意識せずできる私。
 に包まれた素の自分は、
 安心して社会でやっていけます。

 逆に包まれていない場合は、とてもやっていきづらい。

 その場その場での望ましい振る舞い方
 有り体に言えばそれは、常識といわれる行動規範でしょう。

 もっと砕けた言い方をすれば、
 フツーこうする。
 という行動パターンですね。

 社会と距離を置きたくなる場合は、この保護膜が十分に機能していないからのように思えます。

 となると、
 今ここでどのように振る舞えば、自分を守りつつ周囲と折り合いがつけられるのか?

 を学ぶことで、この問題は解決できそうに思えます。

 それは、安全な場で、周囲の上手くやっている人たちから見よう見まねで学ぶ形でしょう。

 いわゆる「居場所」「当事者グループ」がこの機能をはたしているかもしれません。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

2017年05月31日

Not OKな状態のことについて

 親業として日本では知られているゴードン博士のコミュニケーション理論は、

 大好きで、そしてよく活用しています。

 特に、私メッセージとあなたメッセージは、どれほど口にしているか分かりません。

 博士のコミュニケーション理論には重要な視点がいくつかあるのですが、
 今回は、「問題を持つ」という視点についてです。

 誰が問題を持っているか?
 
 親ですか? 子どもですか? 看護師ですか? 患者ですか? 教師ですか? 生徒ですか?

 私ですか? あなたですか?

 みたいに使うと学びました。

 これ、間違ってならないのは、

 問題があるのは誰?

 ではないということ。

 問題を持っているのは誰? なんです。

 問題。

 別の言い方をすれば、

 困っている。

 不快な状態。

 Not OKな状態。

 となるでしょうか。

 困っているのは誰?

 不快を抱えているのは誰?

 Not OKなのは誰?

 という感じです。

 問題を持っているのが相手なら、相手が問題を解決できるようまずは話を聞く。
 私は、相手が話しやすいように配慮して。

 問題を持っているのが私なら、相手に協力を求めます。私が私の問題を解決するために。

 誰かとコミュニケーションすることによって問題を解決する。

 そのやり方を親業から学んだのでした。

 鳴謝。
  


2017年04月19日

プライドが高いから、社会参加できないについて考える

 思いつきシリーズです。

 ひきこもり、ニート界隈では、

 プライドの高さが邪魔してる。

 みたいな発言をわりとよく見聞きします。

 プライドが邪魔して、
 外出しづらくなっている。
 就労先が限られてくる。

 なんて感じです。

 当事者本人の立場からすれば、
 
 そこまでして。
 とか、
 そんなまでして。

 社会参加したくない。

 社畜になりたくない。

 なんて、感覚でしょうか。

 それは、

 そんなことに自分の人生を使いたくない。

 自分の時間を使いたくない。

 それならば、自宅でじっとしている方がまし。

 自宅でじっとしている時間の使い方がいい。

 そういう気持ちが働いているのではないかと思い立ったのです。

 就労を極端に単純化して説明すると、労働の対価として収入を得る行為、というのが一般的でしょう。
 
 この点、ひょっとしたら、
 ひきこもりやニートの人たちは、
 「自分の人生の時間を仕事に提供した対価」として収入を得るという感覚なのかもしれません。

 この考えを就学に当てはめると、
 自分の人生の時間を学校場面に提供した対価としてなんらかの利益(学力・地位・安全・承認・将来・・・)を得る。

 だから、

 オレの時間をそんなものに使いたくない!
 自分の時間はそんなに安いものか?!
 お前らにオレの時間を評価されたくない!
 俺の人生を管理されたくない!

 こんな思いなのかもしれないなと思ったのです。

 こんな風に、
 自分の人生時間に対するプライドがあると、それに見合わない社会参加、就労、就学は難しいのかもしれません。

 割に合わない。ということ。

 自分の人生時間を自分の思い通りに使える。
 少なくとも他人のいいようには使わせない。

 それが、
 社会と距離を置いて暮らす人々の思いの一つかもしれないな。

 と思い立ったのでした。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析ニート

2017年04月07日

100%悪くない。というのは言い過ぎな感じがしてますが。

 暴力や、DVや、いじめや、その他一方的な圧力・加害は、

 絶対的にいけないことで、

 社会的に望ましくないことで、

 だから、悪いことで、

 責任は暴力や、DVや、いじめなどの一方的な圧力・加害をした人にあるという前提ですが、

 だからといって、そういう被害を受けた人は、100%悪くない。と言いきるのは、またはそういう運動を展開するのには、

 どうにも賛同できかねぬ私聞風坊です。

 暴力や、DV、いじめの現場で、育った当事者として、

 軽々しく、良い悪い、善い悪い、と言えないと思っているからです。

 今回の記事は、”被害者は100%悪くない”に批判的です。

 被害者として振り返ってみるならば、

 暴力受けてもしょうがない。

 家庭内で親が連れ合いに暴言暴力支配する・行動を逐一管理するDVは普通。

 人は自分をいじめるもの。

 という感覚を持って、暮らしています。

 だから、
 相手のそういう行動を容認している。

 または(危険だから)あえて抵抗しない。批判しない。

 承認する姿勢を持っています。

 ときに、無視されるぐらいなら、少々いじられる方がましだ。という思いから、
 多少のいじられることを望んでいることすらあります。

 これらは、自分が暴力を受け、DV当事者であり、いじめられることを容認していることにもなります。

 はたして、これは、望ましいことでしょうか?

 推奨できる姿勢でしょうか?

 賛同できる行動でしょうか?

 安全・安心を人類共通の価値観とすると、

 まったく反する思想、価値観、姿勢、行動ですね。

 つまり、悪いのです。

 自分の苦境を許す行為、思想、姿勢、行動は社会通念上、受け入れられません。
 望ましくない。
 そういう常識です。
 これで世界秩序は成り立っています。

 こう考えると、被害者にも、それなりに反省すべき点はあるように思えます。

 どれくらい?
 
 2%くらい?

 どんなことに対して?

 自分の身を危険な立場に起き続けることを容認していることに対して。
 ときに推奨していることについて。

 つまり、
 状況から脱しないことについて。

 ひょっとしたら、
 あきらめていることについて。

 
 残念ながら現実的に、逃げることすら叶わない状況はあります。

 でもそれは、逃げることをあきらめることとは違います。

 逃げる選択肢を放棄しない。

 しぶとくその思いを持ち続けることが重要なのです。

 自分に悪を為さない。

 その思いとともに。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析社会のこと

2016年09月27日

怒られないように頑張る!

 TA・交流分析では、人の心を駆り立てる信念があると指摘されています。

 その一つが、喜ばせよ! Please Others!

 です。


 相手が喜ぶことをせねば!

 という信念にもとづいて、

 熱い血潮をたぎらせて、

 相手が喜ぶことを考え、笑顔を振りまき、共感し、明るく振る舞う。

 そうして相手が喜んだときに限り、

 私はOKだ。

 そういう信念です。

 これ、別の視点から言うと、

 相手に怒られないように。

 ということでもあります。

 怒られないように、相手の機嫌を損ねないように振る舞う。

 何かするときに、一瞬そんな思いがよぎったら、

 喜ばせよ!

 の信念を持っているかもしれませんね。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

2016年08月31日

見られるな! と言う頭の中のメッセージ

 久しぶりTA・交流分析のお話しです。

 ○○であるな!
 △△するな!

 みたいに、禁止する意味合いのメッセージを、

 私たちはそれぞれいくつか持っています。

 何かの判断を迫られたとき、

 何かをせねばならないとき、

 このメッセージが頭の中に聞こえているかもしれません。

 今回は、私聞風坊が最近気づいた自分の中のメッセージです。

 何かをするときに、周りにまず意識を向けて、

 そう、あたかもレーザーライトで周囲をぐるりとスキャンする感じで、

 誰も見ていないと分かったら、

 やる!

 見ていたら、

 やらない!

 こんな行動パターンをとっていることに気づいたんです。

 これ、

 見えるな!

 の禁止令のような感じもしますが、

 見られる状況ならやらないんで、

 むしろ、
 するな!
の変形の、

 見られるようにするな!

 じゃないかなと思い至ったのでした。

 そして、いわゆる恥ずかしがり屋は、
 このメッセージに従ってるんじゃないかと思いました。
 
 と言うのも、極度の恥ずかしがり屋の私聞風坊ですが、

 正直なとこ、
 誰も見てないと、結構やってるでしょ! 
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

2016年07月02日

こもって、よし! 親を育てる 関わり の紹介

 私聞風坊は、本を3冊出しています。
今回は、そのご紹介。

 『こもって、よし! ひきこもる僕自立する私』(2005 鉱脈社 本体価格¥1,400+税)
は、
 こもってる最中の、自分の尋常ならざる状態と、家族の関わりについて赤裸々に記した前半部分と、
 ひきこもり自助グループの立ち上げと運営について細かく記した後半部分の2本立てです。
 客観的に書くよう努めたので、こもっている人もこもっていない人も、こもっている状態がどんなものか分かりやすくなっています。

 『「親」を育てる「ひきこもり」』(2009 自費出版 頒価¥1,000(税込))
は、
 誰もアテにできないひきこもり生活の中で、自分で自分を癒した経験を、TA・交流分析理論に沿って解説したセルフセラピーハンドブックです。
 こもっている人が、自室で1人でできることを中心に、ひきこもりの時間を、自分のために使うためにどうしたらいいか? を記しています。
 ひきこもりの本としても、TA・交流分析の本としてもなかなか役立つ内容です。

 『関わることを考えよう ボクたちはこうしてほしいんだ。』(2015 自費出版 頒価¥1,000(税込))
は、
 支援職として仕事しはじめた経験をもとに、思うことをまとめた本です。
 当事者の立場としてずっと活動してきた私聞風坊にとって、支援職は対極の立場でした。
 その立場に立ち、同僚を得て、その世界で仕事する中で、いろいろもやもやがたまってきたので、思いを噴出するように一気に書き上げました。
 ひきこもりや自助グループ、TA・交流分析という大きなものを背負わず、自分の心にただ正直に書いたので、3冊の中で一番のびのびと書けました。

 お陰さまで3冊とも、こもる本人や家族・支援者の方から好評を頂いています。
 講演会場などで販売しています。
 よろしかったらお手にとってください。
   
タグ :拙著


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析拙著


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