2019年02月03日

【告知】不登校・多様な学びを考えるイベントあります

不登校・苦登校の子ども達と親を応援する会Area lien ~エリアリアン~

さんが、

不登校だって大丈夫と思えるイベントを開催します。

日 時 2019年2月23日(土) 13:30~
場 所 宮崎市男女共同参画センター「パレット」(宮崎市宮崎駅東3丁目)
参加費 1,000円
定 員 50名

皆さまどうぞのお運びを。

案内チラシ↓





  
タグ :不登校


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)告知発達障害不登校

2019年02月02日

【告知】インクルーシブ教育のイエナプランの講演会あります!

子どもが自ら学ぶことをサポートしつつ、※マッチ

社会人としてうまくやっていけるようにもサポートする ※ストレッチ

ことが特徴の1つの、

イエナプラン教育についての講演会があります。

日時:2019年2月7日(木) 18:30~
場所:宮崎市民プラザ4F 大会議室

事前申込みが必要です。


生きていく中で、出会った出来事=問題に対し、

何が問題か?

どうすればいいか? 

と自分で問いを立て、考えて、実践できる大人が

日本でも求められるようになってきました。

オランダの公教育で実践されている教育についての講演は、
きっといろいろ役立つことでしょう。


  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)社会のこと不登校

2019年01月25日

不登校やひきこもりの原因を探る際のポイントの話

 不登校やひきこもり理解、支援に当たって、

 原因探しはよくない。

 と言われることがあります。

 気がつくと犯人捜しになっているからかと思います。

 あぁ、うちの子が弱かったからじゃ。

 やっぱり、親の関わりが悪かったからじゃ。

 先生が、いかんこつばっかいスッでよ~。

 とはいえ、原因が分かるとどうすればいいのかがなんとなく分かってくるのも事実。

 そんなこんなを考えていたら、ふと思いつきました。

 不登校やひきこる原因ではなくて、

 今、学校に行こうとしていけない原因または理由、

 今、まさに外に出ようとして、

 今、誰かと関わろうとしてそれができない原因または理由、

 を考えることはとても役立つのではないかと。

 昔の苦労の原因じゃなくて、

 今ここでの苦労の原因探しです。

 身体が固まってドアを開けられないのなら、一息ついてリラックスする。

 部屋の中には入る瞬間にドアノブを見つめて立ちすくむのなら、部屋の中から信頼できる人が手招きして迎え入れる。

 そんな風にできるのではないかと思ったのでした。
   
タグ :原因今ここ


2019年01月20日

世の中は、標準と比べて成り立っている話。

 しばらく前、不登校のイベントでお話しさせて頂きました。

 その発表を考えるときに、思い至ったのが、

 世の中には、ありとあらゆる標準があり、

 私たちの社会は、その標準と照らし合わせながら動いているんだと言うことです。

 そこで、今回は標準についてのお話しです。

 以下、今の日本の標準を列挙すると、

 6歳になッたら学校に行く。

 20歳になったら成人になる。

 食事は日に3度。

 健康診断は、最低年に1回。

 睡眠は6~8時間、まとめて。

 日中活動して夜間は休息。

 服を着る。

 日本語を話す。

 男女の別がある。

 世帯を考える際は、夫婦2人と子ども二人のサラリーマン家庭。

 などなどなど。

 自分がこれらの標準からズレた場合、

 なにがしかの違和を感じるようです。

 時に疎外感だったり、

 ひとりぼっち感だったりも。

 また、人がこの標準からとても外れ、その期間が割と長くなったら、

 それは、異常とみなされます。

 病気とかケガとかとみなされ、治療することが標準となります。

 そうして健康を目指すのが標準的な考え、日本人のありよう。

 同様に、学校に行かないことは異常とみなされ、学校に行くよう働きかけがなされます。

 また、
 人は生まれてから死ぬまでどんな形であれ社会参加することが標準となっているので、

 そうでないひきこもり状態の人、独居老人、働いていない人、孤立している人には、

 社会・他者と関わるよう働きかけがなされます。

 ところが、
 
 働きかけられる当の本人たちは、これを嫌がることがままあります。

 標準的な暮らし、生き方で苦痛を味わい続けたからです。
 ※この段階ですでに標準的ではありませんね。

 こんな状態の人たちは、ただ標準を示されるだけで圧力を感じることは珍しくありません。

 学校に行くという標準の提示から、学校行かねばならない。

 学業を終えたら働くという標準の提示から、働かねばならない。

 人は誰かと関わるという標準の提示から、誰かと関わらねばならない。

 と、圧力を感じ、息苦しさを感じる。

 そうして、社会から遠ざかる。


 標準的になるよう働きかける側の人たちは、つまり社会は、

 自分たちがこのような圧力をかけてしまっている可能性が高いことを、

 また、本人たちは、ただの標準の提示かもしれないこと、

 同調を求めているとは限らないこと、

 そして、
 標準の範囲は思っている以上に幅があること、

 などを意識することは大事だと思っています。

 上下のイメージの強い水準とは違う、ただの基準としての標準の話でした。
  


2019年01月15日

親の期待と子の期待の話

 しばらく前に、不登校をテーマとしたシンポジウムでお話しさせていただく機会がありました。

 その中で感じたことがあります。

 親は子に期待し、

 子は親に期待して、

 お互いがその期待に応えない、
 応えられないために、

 親子関係がずっとよろしくないまま。

 みたいということです。

 さて、この期待。

 それぞれ何を期待しているかというと、

 どうも同じようなんです。

 それは、
 相手が変わること。

 自分の望むように。

 親は親の自分が望むような形に子どもが変わることを望み、

 子は子で、親が自分の望むように変わることを望んで、

 お互いに要望をぶつけ合っている。

 でも、人は自分の望むようにしか変われないので、

 お互いに満足がいかない。

 そうして事態は変わらぬまま。

 相手は変わらないけど自分は変わる。

 それぞれが、
 そんな心の姿勢に変わったら、状況は変わるように思えます。

 相手に期待するんじゃなくて、自分に期待するんですね。
 
 自分の期待に応える自分になるんです。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)不登校

2019年01月08日

【告知】インクルーシブ(包摂・包含)教育の講演会あります。

幼稚園からの教育・学習を指導する要領が記されている学習指導要領が大きく改訂されたのだそうです。

幼稚園での学習は昨年(2018)から全面実施され、来年(2020)からは小学校も新しい指導法が始まるそうです。

どのように変わったかというと、子ども・学習者の主体性をより重視するようになったようです。

これまでの答えを覚えるやり方から
自ら
考える
気づく
学ぶ
計画する
実行する
振り返る

そんな感じ。

先生が決めた答えに的確に素早くたどり着くことが一番ほめられるこれまでとほぼ逆の、
子ども・学習者が自分の考えを突き詰めるやり方みたいなので、
ひったまがるのですが、

外国では割と前から実践されている学び方みたいです。

その中でも、年齢性別障害で区別せず、一緒の集団で学んでいくやり方が特徴の
イエナプラン教育の講演会が開催されます。

イエナプラン教育の特徴について聞いた話では、

先生役の人が子ども・学習者に尋ねるのだそうです。

ここに、飲み物の入ったコップがあります。
では、
一人一つ、これについて問いを考えて下さい。

と。

あなたならどんな問いを立てますか?
飲み物の種類? 色? コップの材質? 温かい? 冷たい? 飲み物の量? コップとカップの違い?

講師は本場オランダから来宮のリヒテルズ直子氏です。

平日夜ですが、きっと学びの役に立つでしょう。

皆さん、どうぞのお運びを。

日時 2019年2月7日(木) 18:30~21:00 ※開場18:00
会場 宮崎市民プラザ 大会議室
講師 リヒテルズ直子 氏 
入場料 一般1,500円、 学生1,000円 ※資料代
定員 100名
主催 イエナプラン教育研修会実行委員会

チラシ↓



  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)告知不登校

2018年12月20日

不登校・ひきこもり予防と熱く語られると居心地が悪くなる話

 しばらく前に、不登校の当事者運動している人たちと話したときの話題です。

 予防!

 の運動があるんです。

 何事にも。

 インフルエンザの予防。

 交通事故の予防。

 認知症予防。

 転倒予防。

 悪いことが起きないようにするのが予防。

 不登校予防。

 ひきこもり予防。

 ニート予防。

 なんだか、悪い存在みたい。

 今、学校に行ってない人が、

 こもっている人が、

 就職状態にない人が。

 そして、予防できなかったとき、

 予防の責任を負っていた人がつらい思いをしてしまう。

 インフルエンザにしてしまった。

 交通事故を起こさせてしまった。

 認知症にしてしまった。

 転倒させてしまった。
 
 予防は大事。

 同時になにごとも完全に予防することはできないことを覚えておくことも大事。

 そう思ったのでした。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)不登校

2018年11月05日

消えたいと願うことと身体イメージの話

 別に死にたいわけじゃないけど、

 いえいえ、
 死ぬのは怖いし、むしろ死にたくない。

 死ぬことには反対。
 
 とはいえ、

 消えたい。

 消えてもいい。

 という感覚を持つ人は、私聞風坊をはじめ少なくないと思っています。

 私に限って言うと、この願いは、

 意識は今のままでいいけど、

 存在を消したい、

 見えない存在でいたい、

 そうして、

 世界中をふわふわ自由に行き来したい、

 誰かのそばにいたい、

 気に入った場所にいたい、

 そんな感じなのです、

 この感覚についてだいぶ前から気にしていたのですが、

 少し前にふと気づきました。

 あぁ、身体が嫌いなんだと。

 自分の身体が好きでなく、

 それはきっと身体にまつわる嫌なことがたくさんあるからで、

 だから、
 身体なしで生きられたら、なんだか自由になれそうな気がするのです。

 自分の身体について、ほめられた経験がありません。

 そのためか自分の体に対する自己評価は低いです。

 正直、自分の身体を持てあましています。

 だって、
 食べないといけない、排泄しないといけない、そこかしこがかゆい、痛い、お腹の調子が悪い、歯磨きしないといけない、呼吸しないといけない、あたまの形が悪い、親から受け継いだもの・・・なんだもの。

 精神的に酷い状態のときは、不意に震える、こわばる、胸の中がゾワゾワする、頭がじんじんする、なんてことはざらでした。

 身体が思う通りにならない。
 身体が不穏で、何をやっているのか分からない。
 自分の体について、そんな思いのようです。

 ときどきは、
 自分の思いを裏切っているなんて思ってるようです。
 
 ホント、身体って扱いづらい!

 だから、
 身体に縛られている。

 そんな感覚もあります。

 だから、自由になりたい。

 消えて生きたい。

 そんな思いなんだなと思ったのでした。

 とはいえ、
 マインドフルネス瞑想などして、身体からのメッセージを受け取れるようになると、身体が何をしようとしているのかは分かるようになるし、以前よりよろしく身体とつきあえるようにはなってきました。
 
 思いを裏切る身体を嫌いつつ強引に思いに従わせようとするより、
 身体に思いを寄せるほうが無理せず楽に暮らせることを知りました。

 身体の声に耳を傾ければ、ものすごく役立つありがたいメッセージを発していることを知ったのでした。

 自分の身体への悪感覚は、育ちの悪環境のせいであって、身体が悪であったり、自分が悪であったりしたからではないことも。

 だってそもそも、
 私の身体は価値があるんです。

参考文献
『自傷行為治療ガイド 第2版』(B.W.ウォルシュ 松本俊彦監訳 金剛出版 2018)

  


2018年10月20日

喜びの数を数えてみるとおもしろい話

 いくつか質問するだけの記事です。。

 ゲームをして、喜びはいくつ?

 街のゴミ拾いをして、喜びはいくつ?

 仕事をして、喜びはいくつ?

 病人の世話をして、喜びはいくつ?

 犯人を逮捕して、喜びはいくつ?

 ご飯を作って、喜びはいくつ?

 自慢して、喜びはいくつ?

 悪口言って、喜びはいくつ?

 誰かを讃えて、喜びはいくつ?

 学校に行って、喜びはいくつ?

 あなたに会えなくて、寂しさはいくつ?

 あなたが健康になって、喜びはいくつ?

 道路を造って、喜びはいくつ?

 探し物が見つかって、喜びはいくつ?

 自分が喜ぶと、喜びはいくつ?

 ひとりの喜び

 誰かとの喜び

 いくつ?

 
   
タグ :喜び


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)不登校

2018年09月20日

助けを借りる力がいる話

 災害被災の場面では、受援力。

 心理系では、
 援助要請行動などの分野で研究されている

 誰かの助けを借りてやっていく力

 についての記事です。

 困難を抱える人のうち、

 長いこと困難が解消しない場合や、

 幼い頃から誰かの助けが十分に得られなかった場合など、

 誰かの助けを借りて、自分の困難を解消できた経験が乏しいと、

 誰かの助けを借りるという発想がなくなり、

 誰かの助けを借りるといいことがあるという希望もなくなり、

 自分の力頼みでやっていくしかない。

 誰もアテにならない。

 誰も信頼できない。

 自分の望みは自分で叶えるしかない。

 できることは限られているから小さな少しだけの望みを叶えよう。

 として、

 小さく小さく暮らしを縮めた生き方を選ぶ場合があります。

 長年こもっている場合。

 社会でどうにも上手くやっていけないと思った場合。

 そもそも誰かが自分のために役立つことをしてくれたことがこれといってなくて、

 どちらかというと自分ただれかのために役立つことばかりで、

 結局のところ、いつも自力でやっていくしかなくて、

 それを誰もが期待している場合。

 などです。

 この場合、
 他者への
 不信感
 不信頼感
 不審感
 がとても強く、

 これまでの人生で自分の能力の限界を痛切に感じることが多いために、
 自分への
 不信感・不信頼感
 もまた同様に強いことが多いようです。

 それは、
 自分の人生への
 不信感・不信頼感であり、

 自分の人生を
 肯定しない
 ことにもつながり、

 自分の未来に
 希望を持てない
 ことにもなります。

 だから、
 誰かの助けを借りる気も起きない。
 それで、問題は解消せず

 暮らしていく不満は募るばかり。
 という悪循環。

 自助グループで学んだことの一つに
 手放すというのがあります。

 都合これは、
 誰か、なにかに委ねる。
 ということを意味しています。

 何を?

 自分の手に負えない問題をです。
 
 そしてこれには、
 自分の処理能力以上の問題。
 と、
 自分の問題じゃなくて誰かの問題だから。

 の2種類があるようです。

 医師や福祉職、相談職などの専門職を頼り、
 自分の手に負えない部分を委ねる。

 少しでも問題解決に役立ちそうな誰かからの提案を
 試しにやってみる。
 少しだけ提案に委ねてみる。

 自分のこだわり、
 怯え、
 恐怖、
 意地、
 を手放し、

 暮らしが楽になりそうな手立てに委ねてみる。

 自助グループでのたとえ話では、

 箱の中のキャンディーつかみ取りの時、
 手一杯に物をつかんでいると箱の出口にひっかかって何も手にできないけど、
 少し手放すと、なかなかの数が手に入る。

 と学びました。

 不信というこだわりを手放すことで、
 楽が手に入ることはあります。

 助けを借りる力を手にする話でした。

  




【お知らせ】
これまでの発表や記事原稿を、「聞風坊の図書館」で適宜公開しています。
別サイトになります。こちらもご覧下さいませ。


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