2015年06月18日

よい子ちゃんと呼ぶのは失礼です 2

 前記事の続きです。
よい子ちゃんには下記2種類あるのでした。

ニコニコ 親や他人を喜ばすことが自分の能力の証、自慢の種になるからと、自ら進んで機嫌良くよい子でいる場合と、

大泣き 親の機嫌が悪いと自分の身に危険が及ぶので、必死になって親の望む通りに振る舞う場合の2つ。

 前者は、行き過ぎるとご機嫌とりや八方美人として揶揄されることもある一方、
誰かの役に立つという自己効力の感覚は、自己肯定感や自尊心などにつながっているでしょう。

 一方後者は、
 親や他人を喜ばせるのは、危機回避のためです。とっても危険な状態を少しでも危険でない状態にする試みなのです。
そこには、心からの喜びや安心はありません。恐怖と怯えの感覚が全体を支配しているからです。
親や他人を喜ばせたつまり危機回避を達成した安堵感はあるでしょう。一瞬、ホッとできる安堵感ですね。
 でも、次の瞬間はまた緊張状態に戻ります。
親や他人の次の要求に応えねばならないからです。もし、応えられなかったら・・・

 これ、以前の記事にも書いた恐怖の絆ですね。


 自分の身を守るために、相手にとってよい子ちゃんになる。
そんな命がけの努力の結果のよい子ちゃんのことを、
八方美人的なよい子ちゃんと一緒くたにしてはいけません。

 とりわけ、よい子ちゃんをやめようなんてアドバイスは慎重に。
よい子ちゃんをやめてしまうと、どうやって自分の命の危険を守ればいいのか分からなくなってしまいます。

 加えていうならば、八方美人の振る舞いも、実は心の底には不安を抱えているのです。
だから八方の人に気に入ってもらおうと頑張るのです。
 そうしたら、少しは自分の不安が軽くなるからですね。

 2つのよい子ちゃんの見極めはとっても大事。
そして、それぞれ表面的によい子ちゃんに見える振る舞いのその奥にある気持ちを見極めることはもっと大事だと思っています。

終わり。



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