相手に謝罪を求めるとき

2014年03月08日

 何倍返しだ!

が吹き荒れた昨年末でしたが、

 今回は、
相手にゴメンナサイを求める
 相手が自分に屈服する、
   自分が相手に勝つ、
 など、
 相手より上位に立ちたい気持になるときのこと。

について考えてみたいと思います。

 TA・交流分析にはゲームという考え方があります。

相手を見下し責めるまたは攻める立場の迫害者。
見下され、責め攻められる立場の犠牲者。
そんな被害者を助ける立場の救助者。

 の3つの立場をそれぞれが役割交替しながら、お決まりの後味を味わう交流のことです。

ゴメンナサイを相手に求めるときは、迫害者の立場にいるのでしょうね。

こんなひどいことをお前はしたんだ! 謝るのが当然だ! コノヤロー!
 とひどく怒るときもあるでしょう。

 では、
この迫害する立場に立つ前は、どの立場だったのでしょう?

 お前がオレにひどいことをした!
のでしょうから、お前の犠牲者の立場ですね。

 さらにその前は、
お前が助けてって言うから、してあげたのに!
 という風に、救助者であった可能性もあります。

 いずれにしても、
お前が○○だから、オレはこうした、こうなった。
 という思いです。

 つまり、
私の状態、気持ちの良し悪しは相手次第。
相手の出方によって、私の心は揺れ動きます。

 相手が謝罪すれば私OK! 謝罪しなければNot OK!
相手が私が出した助け船に乗って感謝を述べれば私OK! 相手が乗らず感謝もなければ私Not OK!

 私のOK感は、まったく相手次第。
なんだか、しっかり相手に支配されているよう。
 だから、とっても不安な緊張状態が続きます。

 そんなのもったいない!

 だから、
 私の気持ち、OK感は、私の手元に置いておきましょう。
誰かの元に置かず、誰かに委ねず、相手からOKにしてもらうことを望まず、

 私が心地よくなるように、OKになるように、自らなにかしましょう。

 私たちは、
相手が謝罪しなくてもOKでいられます。
相手が助け船に乗らなくてもOKでいられます。
 なにより、
犠牲者にならなくてもOKなのです。



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