障害者への合理的配慮のこと 4

2015年10月05日

 合理的配慮について考えたことの4です。

 私たちは、普段、存外、お互いに合理的な配慮をして暮らしているのでした。

 そして、合理的だと頭では分かっていても、
負担が増加するから配慮するのに二の足を踏む。

 そんな心理も合理的と言えば合理的。自然なのでした。

 このことは、配慮する側への配慮の必要性を意味していると思います。
困難を抱える人(配慮を求める側)がによる、自分たちを受け容れようとする人たち(配慮する側)への配慮の必要性ですね。

 つまり、困難を抱える当事者による
社会に対する合理的配慮です。

 配慮はお互いに必要なんです。

 大事なのは、それが現実的な理にかなっているか?
ということ。

 そして、
 恐怖やめんどくささや思いやりの欠如をもとにしていないかということ。

 身体・精神・発達障害を理由に、授業や就労などの社会参加をさせないことはイケません。
 身体・精神・発達障害を理由に、社会参加を遠慮することもありません。

 一緒に学ぶには?
 一緒に仕事するには?
 一緒に家庭を営むには?

 一緒にナニカするには?

 お互いにどう配慮しあえばいいか?

 同じ世界に生きる者同士、
 相手と自分を大事にした
現実を踏まえた合意点を見つけること。

 それが重要な気がしています。

この項終わり。



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