不登校はイイことなの?

2012年08月21日

 私、最近、諸般の都合から不登校について考える機会が多くなっております。

 実のところ、朝礼のときに先生が、悪いことをした生徒を前に整列させて、順に足払いや、ビンタをやるのがフツーの小中学校の生徒だった私は、

 不登校(※当時は登校拒否とか学校行きしぶりとかですね)なんて、先生たちの気に入らない行動したもんなら、どんな恐ろしいことが待ち受けているか予想もつかないので、頑張って学校に通っていたので、

不登校経験ありません。

 胸をつまむのがいいか? こめかみをこぶしでグリグリ押さえてねじり込むのがいいか? 体罰を生徒に選ばせていた体育教師もいましたね。

 でも、そんなことを家に帰って親に言ったなら、お前が悪いことをするからだ! とゲンコツもらうのが関のやまでした。

だから、学校からも親からも承認されて
 不登校できるっていいなぁ。
と思っていました。
 そんな昭和時代の小中学生の私でした。しょんぼり

なので、今さらながらに考えるのですね。不登校ってなんだろうって。

 特に気になるのが、不登校を悪く言うんじゃない! って主張するときの親の方の様子です。
あたかも不登校はイイことだ! と言わんばかりの言葉の強さなのですが、その様子を見ると、ちょっと印象が違うのです。

 声に緊張をはらんでいるというか、一瞬ためらっているというか、
エイヤ! って感じで、不登校を肯定する発言をしているように感じられるのですね。

 発言の内容と、言い方に不一致を感じるのです。

 心理学では、本心は言語以外で表現されているとされています。
言葉では、本心とは違うことを言う場合が少なくないということです。

 そんなことから考えると、不登校でもイイじゃないか! と力強く発言する親の方(または不登校本人)の発言は、本心とはちょっと違うかもなと思えるのです。

 10年以上、ひきこもり当事者運動をやっているのですが、ひきこもりはイイよ! みんないっぺんぐらい経験した方がいいよ! とは決して言えません。
 イイも悪いもありますし、こもった後社会生活を送るにあたっては、どちらかというと障害になる点が多いのですね。
 別世界で長年暮らしているから、いわゆる実社会・通常社会と調和して生活するのにとても苦労するのです。

 イイも悪いもあるのを知っているし、
 できればみんなと同じように元気に学校に行ってのびのびやってもらいたいし、
 でもそれがかなわないのだから今の状態も受け入れざるを得ないし…。

 そんな思いから、先の不一致発言に至るのかも知れません。

 不登校とは、簡単にイイ悪いでは片付けられない大きく深い出来事なのでしょう。



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