2019年01月25日

不登校やひきこもりの原因を探る際のポイントの話

 不登校やひきこもり理解、支援に当たって、

 原因探しはよくない。

 と言われることがあります。

 気がつくと犯人捜しになっているからかと思います。

 あぁ、うちの子が弱かったからじゃ。

 やっぱり、親の関わりが悪かったからじゃ。

 先生が、いかんこつばっかいスッでよ~。

 とはいえ、原因が分かるとどうすればいいのかがなんとなく分かってくるのも事実。

 そんなこんなを考えていたら、ふと思いつきました。

 不登校やひきこる原因ではなくて、

 今、学校に行こうとしていけない原因または理由、

 今、まさに外に出ようとして、

 今、誰かと関わろうとしてそれができない原因または理由、

 を考えることはとても役立つのではないかと。

 昔の苦労の原因じゃなくて、

 今ここでの苦労の原因探しです。

 身体が固まってドアを開けられないのなら、一息ついてリラックスする。

 部屋の中には入る瞬間にドアノブを見つめて立ちすくむのなら、部屋の中から信頼できる人が手招きして迎え入れる。

 そんな風にできるのではないかと思ったのでした。
   
タグ :原因今ここ


2019年01月20日

世の中は、標準と比べて成り立っている話。

 しばらく前、不登校のイベントでお話しさせて頂きました。

 その発表を考えるときに、思い至ったのが、

 世の中には、ありとあらゆる標準があり、

 私たちの社会は、その標準と照らし合わせながら動いているんだと言うことです。

 そこで、今回は標準についてのお話しです。

 以下、今の日本の標準を列挙すると、

 6歳になッたら学校に行く。

 20歳になったら成人になる。

 食事は日に3度。

 健康診断は、最低年に1回。

 睡眠は6~8時間、まとめて。

 日中活動して夜間は休息。

 服を着る。

 日本語を話す。

 男女の別がある。

 世帯を考える際は、夫婦2人と子ども二人のサラリーマン家庭。

 などなどなど。

 自分がこれらの標準からズレた場合、

 なにがしかの違和を感じるようです。

 時に疎外感だったり、

 ひとりぼっち感だったりも。

 また、人がこの標準からとても外れ、その期間が割と長くなったら、

 それは、異常とみなされます。

 病気とかケガとかとみなされ、治療することが標準となります。

 そうして健康を目指すのが標準的な考え、日本人のありよう。

 同様に、学校に行かないことは異常とみなされ、学校に行くよう働きかけがなされます。

 また、
 人は生まれてから死ぬまでどんな形であれ社会参加することが標準となっているので、

 そうでないひきこもり状態の人、独居老人、働いていない人、孤立している人には、

 社会・他者と関わるよう働きかけがなされます。

 ところが、
 
 働きかけられる当の本人たちは、これを嫌がることがままあります。

 標準的な暮らし、生き方で苦痛を味わい続けたからです。
 ※この段階ですでに標準的ではありませんね。

 こんな状態の人たちは、ただ標準を示されるだけで圧力を感じることは珍しくありません。

 学校に行くという標準の提示から、学校行かねばならない。

 学業を終えたら働くという標準の提示から、働かねばならない。

 人は誰かと関わるという標準の提示から、誰かと関わらねばならない。

 と、圧力を感じ、息苦しさを感じる。

 そうして、社会から遠ざかる。


 標準的になるよう働きかける側の人たちは、つまり社会は、

 自分たちがこのような圧力をかけてしまっている可能性が高いことを、

 また、本人たちは、ただの標準の提示かもしれないこと、

 同調を求めているとは限らないこと、

 そして、
 標準の範囲は思っている以上に幅があること、

 などを意識することは大事だと思っています。

 上下のイメージの強い水準とは違う、ただの基準としての標準の話でした。
  


2019年01月17日

【告知】ひきこもり関連のイベントの速報

現状2件お知らせします。変更になる場合があります。ご注意下さい。

恒例宮崎ひきこもりネット主催イベント
ひきこもりフォーラム2019
 日 時 2019年2月11日(月・祝) 午後1時~5時
 場 所 宮崎市民プラザ4F(市役所隣)
 内 容
   ひきこもり研究支援第1人者の講演と
   困窮者支援現場でのひきこもり支援の報告と
   トークセッションです。
 定員40名。参加無料。

宮崎楠の会
ひきこもり つながる・かんがえる対話交流会
 日 時 2019年2月24日(日) 午後1時30分~4時30分
 場 所 宮崎市総合福祉保健センター2F(花山手)
 内 容 テーマごとに別れての参加者同士が対話

ご都合よろしければどうぞのお運びを。
  


Posted by 聞風坊 at 10:28Comments(0)ひきこもる

2019年01月15日

親の期待と子の期待の話

 しばらく前に、不登校をテーマとしたシンポジウムでお話しさせていただく機会がありました。

 その中で感じたことがあります。

 親は子に期待し、

 子は親に期待して、

 お互いがその期待に応えない、
 応えられないために、

 親子関係がずっとよろしくないまま。

 みたいということです。

 さて、この期待。

 それぞれ何を期待しているかというと、

 どうも同じようなんです。

 それは、
 相手が変わること。

 自分の望むように。

 親は親の自分が望むような形に子どもが変わることを望み、

 子は子で、親が自分の望むように変わることを望んで、

 お互いに要望をぶつけ合っている。

 でも、人は自分の望むようにしか変われないので、

 お互いに満足がいかない。

 そうして事態は変わらぬまま。

 相手は変わらないけど自分は変わる。

 それぞれが、
 そんな心の姿勢に変わったら、状況は変わるように思えます。

 相手に期待するんじゃなくて、自分に期待するんですね。
 
 自分の期待に応える自分になるんです。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)不登校

2019年01月10日

期待をするかしないかが人間関係理解のかなめのような気がする話

 不登校やひきこもりをはじめ、人と人との関わりについての悩みは、とても多いようです。

 なので、ちょくちょく人間関係について考えるのですが、

 ある時ふと思いついたのです。

 期待

 がポイントではないかと。

 期待する。

 期待しない。

 期待されない。

 期待を裏切る。

 期待に応える。

 期待に応えられない。

 期待に応えようと頑張る。

 けれども期待通りの評価がされない。

 などなど。

 不登校やこもる人たちのテーマは、
 親や社会の期待に応えるか?
 応えられるか?
 応えたくないか?

 だったりします。

 一方で、親や社会は、
 不登校やこもる人たちに期待するので、不登校やこもる人たちへプレッシャーを与えることになってしまいます。

 じゃあだからといって、
 相手に期待しなければ問題解決かというと?

 親や社会から期待されない自分。
 って、どうなの?

 って疑問を持ちそう。

 なんだか、
 自分の存在価値に響いてい来る感じ。

 世の中、
 孤立が問題となっています。

 孤立って、
 社会から期待されない状態でもあります。

 期待に押しつぶされることもあるけど、
 期待が励みになることもある。

 人間関係を読み解くポイント、キーワードに「期待」があるような気がしています。
   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)心理・カウンセリング


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