ひきこもりフォーラム2019夏9 ひきこもり支援の課題のこと

2020年02月03日

フォーラムでの聞風坊の発表では、
ひきこもり支援の歴史、つまり、
こもる人がどのように劣った人として扱われてきたかの過去の歴史を振り返ることが主軸でしたが、

それらを踏まえた、今後の支援の課題提示というか提案もしてみました。

1つ目は、
トラウマケアの視点から支援するということです。
こもる人はなにかしらのトラウマを負っていて、
その影響からひきこもり問題が起きていると思われるので、
トラウマケアの知識とスキルは支援者にとって必須と考えるからです。

2つ目は、
親世代のケアです。
一般論常識的に、こもる人のケアをする人として親を設定していますが、
現実的にその重責は担えません。
だって、親自身が疲弊しているからです。
誰かの世話が焼ける心と身体の状態ではないからです。
なので、
支援に当たっては、まず親・家族のケアからです。

3つ目は、
支援者の力不足です。
力が足りていれば8050問題は起きませんでした。
ゆえに、
支援者支援制度の確立が必要です。

見立てる力や、関わる力、他の支援とつなげ、協力して支援していく力。
いずれも不足しているように思えます。
これらを向上させることが急務です。

当日配付資料p5,6





  


ひきこもりフォーラム2019夏8 ひきこもり初発年齢のこと

2020年01月31日

医療や心理の専門家からの新しい視点として、

ひきこもりが始まった年齢。
によって、支援の力点を考える。

と言うのがあります。

心や身体の病気などは必ず考慮しつつ、

ひきこもり始めた時期が、
小学生ならば、集団適応が課題だったか?

中学生ならば、思春期特有の問題か?

就職前ならば?

社会人になってからならば?

中年期にさしかかってからならば?

これを、
他人の中でやっていける力。
の視点で見ると、

中年期頃に初めてこもりだしたのならば、
それまでいろいろ苦労はあったにしてもなんとか他人の中でやってこれていた。
と考えます。

にも関わらず、他人と関わることから撤退するのならば、関係を作る能力よりも、
自身の肉体の衰えや、精神的不調、家族の看護介護、再就職の難しさ、などがこもる主な要因ではないかと見立てます。

一方で、10代前後の頃ならば、成長過程での課題にうまく取り組めないことから、
他人と関わることから撤退したのではないかと考えます。

前者は、医療や今の状態で暮らしていけるようになる支援が有益でしょう。
後者は、社会的な関わりにより、他人の中でやっていく経験を重ね、スキルを身につけることが有益でしょう。

こんな風な視点です。
社会をあまり知らない10代のこもる人の支援と、社会を知っている50代の人の支援を、
同じやり方でやるのは直感的におかしいというのは誰しも分かるはず。

フォーラムでは、深掘りしませんでしたが、
支援者養成では肝心要となる予感です。

当日配付資料p1

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)ひきこもる発達障害不登校

ひきこもりフォーラム2019夏7 期待のこと

2020年01月28日

居場所の議論の関連で、

期待に応える応えないで意見交換がありました。

支援者の期待に応えなくていい場として居場所はある。
と言いながら、
社会性の獲得とか、そこを拠点にして社会参加するきっかけとなる。
とかの期待が居場所には実は込められているよ。
みたいなやりとりのときでした。

親の人は我が子の重圧となるので、
期待しないようにしている人が多いらしいのです。

でも、私聞風坊が、
期待されない人生もつらいものがあると言えば、

じゃ、期待していいの?
と戸惑いが走りました。

期待するしないのどちらか一方しかない。のではないんです。

どの程度期待するか?

期待するにしても、
期待に応えなくてもイイという前提で期待する。
と言うことなんです。

これが難しいようです。
親には。

そして一番大事なのは、
期待に応えるか応えないか。
どの程度応えるか、
どの期待に応えるか。
は子が決めるってこと。

この境界が分からないようです。
親は。

ちなみに、
誰からの期待か?

で期待に応える気持ちは大きく左右されますね。
好きな人の期待には応えたいし、
嫌いな人ならそもそも聞く耳持たないかも。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)ひきこもる発達障害不登校