2018年05月20日

仕事がデキないのは、女だから or 男だから の話

 性による差別・不当な扱い。つまりジェンダーの話です。

 問題があるとしてよく取り沙汰されるのが、

 女だから仕事がデキない。

 男だから繊細な仕事はむいていない。

 などの、仕事の向き不向きの判断基準が性別、性差という問題です。

 反証としては、

 仕事がデキる女の人はいる。

 繊細な配慮のデキる男の人はいる。

 があり、女だから、男だから「仕事がデキない」という理由は否定されます。

 生きていく上、仕事していく上で、身に付いたスキルだから、
 性別にはあまり関係ないのでしょう。

 ところがここでちょっとひっかかる事態が生じます。

 実は、
 女だから、男だからというのは、「仕事がデキない条件」になります。

 裏を返せば、
 女でなければ、あの人は仕事がデキたろうに。
 男でなければ、もっと配慮できたろうに。

 みたいな意味を含みます。

 今、この条件が取れて、性差なく、性別関係なく、

 ただ一点、

 デキない。

 に焦点を合わせると、

 女であっても、男であっても・・・

 となります。

 性によって役割・能力を決めつけ、固定するジェンダーは望ましくありません。

 その一方で、ジェンダーは、使い方によって利益になることもあるようです。
 
 女だから自動車の運転が苦手ということで、上手であるはずの男に運転を任す。
  ※運転が上手になる努力をしなくてすむ。嫌いな運転を任せられる。

 男だから、配慮のいる仕事は女に任す。
  ※ご近所づきあいする努力をしなくてすむ。気遣いの苦労から解放される。
 
 女だから、男だから、デキない仕事があるのは当たり前だ。
  ※デキないことなんだから頑張る必要はない。楽でいい。

 利益があるから、ジェンダーはありつづけるのかもしれません。 
 
   
タグ :ジェンダー


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)社会のこと

2018年05月15日

他人の中でやっていく話

 『"育つ"こと"育てる"こと -子どもの心に寄りそって』
  (田中哲著 いのちのことば社フォレストブックス刊 2016)

 を読んで心打たれての記事です。

 とりわけ
 「社会的に自立をするとは、知らない人の中でひとりでやっていくことです」(p25-26)
 の一文が印象に残りました。

 不登校・ひきこもりでも生活困窮でもよく目標とされるのが自立です。

 たいがいは、自分で働いて収入を得て暮らしていく経済的自立のことを言いいます。

 厳密に言うとそれは自活なのでしょうが、なぜか自立と呼ばれています。

 そしてそこを目指すのが一般的な支援目標となっています。

 さてこの自立、
 当事者本人の側から言わせると、自立って何?
 となります。

 というのも、
 当事者本人の多くは、経済的な自立以前のナニカで苦労しているからです。

 そのナニカが解決できなくて、またはそのナニカに取り組めなくて苦労しているんです。

 その謎のナニカ。
 この一文でなんとなく説明ができました。

 それは、

 知らない人の中でひとりでやっていく方法

 です。

 私聞風坊を含む当事者本人の多くは、
 これを知らないので、その先の自立がとても困難なのです。
 というか、自立って何? どうやってやるの? 状態なのです。

 私たちは、
 ふと足を踏み入れた
 見知らぬその場で、どう気持ちを落ち着かせ、

 見知らぬ人たちと、どう関わればいいのか?

 が分かりません。
 どう振る舞えば、どう自分を調整すればいいのかが分からず、戸惑うばかりなのです。

 もし、
 自分の気持ちの落ち着かせ方

 自分の気持ちとの折り合いの付け方

 自分の気持ちの奮い方

 を身につけていれば、さほどのストレスなくやっていけるでしょう。
 ※↑本では自己統制と指摘されていました。

 よく考えたら、知っている人の数より知らない人の数の方が圧倒的に多いんです。

 街に出れば簡単に分かります。
 知っている人は時々会うけど、
 知らない人はそこかしこにいっぱい。

 そんな人に、
 どう声かけすればいいか?
  こんにちは。いい天気ですね。

 声をかけられたらどう応じればいいか?
  え? あぁ。郵便局ならこの道まっすぐですよ。えぇ、えぇ、ですが~。いえいえどういたしまして。

 どう協力を求めればイイか?
  すいません、青島方面はどの時刻表を見ればいいですかね? あ、休日だからこれですね。ありがとうございます。助かりました。

 電話の仕方、
 扇風機の買い方、
 ゴミの出し方、

 授業中の質問の仕方、

 なんかよく分からない状態になった時に人に相談する方法、

 暮らしの中でちょっと立ち止まってしまったときにどうすればいいか?

 その方法を知っていると心強いのです。

 自分を頼みにやっていけます。

 その方法を知らないと、とっても不安。
 自信はありません。
 自分を信頼できないからです。
 
 昔は、親やコミュニティーの中で自然と身に付いてきたようです。

 不登校・ひきこもりや困窮などで、他者と触れあう機会が限られていると、

 暮らしていく方法を身につける機会に恵まれません。

 暮らしていく方法を身につける。
 当事者本人たちの自立を考える上で、とても大事なことのように思えます。
 
 ちなみに現在、私聞風坊は、この力だいぶ身に付いてきました。
  


2018年05月10日

人は存在するだけで価値がある。説を考えてみました。

 不登校・ひきこもりをはじめ、生きづらさを抱える人について語る時に、

 ほぼ毎回話題に上るのが、

 人は、

 ありのままでいい。

 そのままでOK。

 存在しててイイ。

 何もしなくてもそのままで価値がある。

 などの、存在すること自体を肯定する考えです。

 オリンピックでメダルを取ったからみたいに、
 なにかをしたから、

 清潔な格好で、TPOをわきまえて人に不快感を与えないように、
 そこにいるから、

 君、スバラシイよ!

 あなたは価値がある。

 という風に、
 周囲が設定した条件をクリアしたから価値を認めるというのではなく。

 何もしなくても、
 どんなありようでも、

 あなたは価値がある。

 というのも、
 もともと無条件に価値があるのだから。

 あなたが存在すること自体に価値を置かれているのだから。

 という考えです。

 で、長年この理由というか、納得のいく根拠にたどり着いていませんでした。

 私はあなたに価値を置いているよ。
 理由なんかないもん。あなたは大事な人だから。
 みたいに、信念や個人の思いはたくさん聞くのですが、客観的な根拠には巡り会っていません。

 なんについても
 客観的な根拠を見つけたがる性分の私聞風坊です。
 そこで、この根拠を考えてみました。

 人が存在する。
 または、そこに人がいる。

 となると、他者はその人を知覚します。

 姿を見たり、臭いを嗅いだり、その人が立てる音を聞いたいり、気配を感じたり、 ※味は・・・ないかな

 つまり、
 いるだけで、誰かの関心をひくのです。

 私たちはみんな。
 人が心を動かすほどの。

 この仕組み、
 モナリザの絵に目がとまる。
 ロダンの彫刻に心打たれる。
 
 これらと同じでしょう。

 人は何もしなくても、存在するだけで、人から関心を持たれる。
 
 逆の立場から言うと、
 関心を払うほどの価値を瞬時に感じるのですね。

 人は存在するだけで、
 モナリザのようについ関心を向けられる、
 人の心を動かすほどの魅力・価値をすでに持っている。

 という人の存在価値についての根拠の話でした。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)心理・カウンセリング

2018年05月05日

こもる人は睡眠が問題な話

 こもる仲間と話をすると結構盛り上がるのが
 睡眠についてです。

 みんな睡眠の困難を抱えています。

 私聞風坊の場合は、寝入りの悪さと、悪夢と、途中で目が覚めて眠れなくなることと、早く起きすぎる事と、ぐっすり眠った感がないことなどです。

 十分に睡眠障害と呼べるほど。

 寝入りの悪さは、寝ようとすると意識が高ぶって、いろいろなことを考え出して、悩んだり怒ったりして気がつくと数時間。
 ぱっちり目が覚めてしまいます。

 悪夢は、1人であっちこっちに行って、目的地になかなかたどり着けないというテーマのがほとんど。
 外にケンカしてたり、なんか戦ってたりするのも多いのです。

 途中で起きたり、早起きしすぎたりするのは、歳のせいもありますが、悪夢を見たり、眠りが浅かったりで、つい起きてしまうみたい。

 そんなこんなでぐっすり眠れていないので、疲れが取れず溜まったまんま。

 運動したとしても、体は疲れているのに眠れないこともざら。

 結局、リラックスできないことが最大の原因みたいということに気づいて、

 あおれやこれやリラックスするようにして、

 数年前から、マインドフルネス瞑想で深く規則的な呼吸を繰り返すことで、やっと、

 やっと、

 ホントにやっと、

 人生初の!

 リラックス状態を手にしました。

 以来、寝入りもよく、悪夢も見ず、途中で起きてもすぐまた寝入れるし、朝もわりかしスッキリ起きられたりと、

 一言でいうと、眠ることができるので、

 1日をちゃんと終えられて、翌日をキリッと始められる。

 睡眠という究極の休息が毎日取れるので、
 アルコールとかに頼らなくて済む。

 気持ちも身体も休息して回復できる。

 そんなこんなでイラつかず落ち着いていられる。

 妙な焦りも胸苦しさもなくなってきました。

 ひきこもっている人に必要なことは睡眠だと再確認しました。

 本質的には、
 自然に眠れるようなリラックスが必要ということです。

 こもる人に一番必要なことはリラックス。

 そのためには、安全と安心。

 そんな気がしています。
   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)ひきこもる

2018年04月30日

オトナになるな! そして 子どもであるな! の話

 久しぶりにTA・交流分析の話です。

 TA・交流分析の禁止令の理論では、
 「○○するな!」「△△であるな!」という命令調のメッセージを自分に下しながら人は生きている。

 と考えます。

 否定の形で表された行動規範として、

 または否定の形で自分のありようを表して、

 自分を律するのですね。

 これらの自分を律するメッセージを禁止令と呼んでいます。

 禁止令はいくつもありますが、
 今回は、以前から気になっていた禁止令の組み合わせのお話しです。
 
 それは、

 オトナになるな! と 子どもであるな!

 オトナになるな! は、
 成長するな! と同じ意味で、いつまでも子どもであれ! というメッセージです。

 源泉は、
 自分で考え、感じ、判断し、行動するオトナに成長しないで、
 (オトナ・親の)私が考え、感じ、判断し、望む行動をするような子どもであり続けなさい。
 という周囲のオトナ・親からのメッセージです。

 一方の子どもであるな! は、
 自由な子どもであるな! 無邪気な子どものように振る舞うな! という意味合いで、
 素の自分でいるな! 正直な自分でいるな! というメッセージです。

 いずれも源泉は、
 私の言う通りにしなさい!
 という周囲のオトナ・親からのメッセージです。 

 2つに共通するのは、
 自分らしくあるな! 
 周囲の人に従いなさい!

 という意味合い。

 だから、
 この命令に従っている人は、周りの人の言うことを基準にして考え、感じ、行動します。
 概ね周りの人の判断に従います。

 自分の考えがないので、
 君はどうしたいの?
 と訊かれるととっても困ります。

 素直な自分の気持ちを感じないようにしているので、
 好きとか嫌いとかが分かりづらくなっています。
 きついとか無理してるとかも。

 だからつい頑張りすぎてしまいます。

 アダルトチルドレンに代表されるような生きづらさを抱える人は、この2つの禁止令を持っているように思えます。

 成長してもいいみたいだよ。
 素直な自分でいてもいいみたいだよ。
 今よりちょっとばかし。

 こんな感じで、自分に許可を与えると、少し楽になるかもしれません。
   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析


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