子ども虐待を親による子どもいじめと言う視点で捉え直してみる話

2020年09月06日

心理的虐待に限らず児童虐待全体を「親によるいじめ」と捉え直してみた記事です。

いじめは、
一定の関係にある人が行う心理的又は物理的な影響を与える行為で、その行為を受けた人が心身の苦痛を感じているもの。
とされています。

心を痛めつける行為と、身体を痛めつける行為であり、
いじめられた人が、心や身体の痛みを感じているもの。
です。

さて、
痛みを感じているかどうかについてですが、その行為を「して欲しい」と素直に思えないなら、痛みを感じていると考えられます。

このとき、
いじめを引き受けることでグループメンバーでいられる場合、嫌にもかかわらずその行為を望む(痛みを受け入れる)場合もありますが、それでも素直に「して欲しいかどうか」を問えば、して欲しくはないはずです。痛みのない別の方法があればそちらがいい。

それぐらいなら我慢できるからやってもいいよ。
でも、ほんとはやって欲しくないし、別の痛みのない方法があればそっちがいいな。
と言うかもっと仲良く優しくしてほしい。

以前、
いじめの定義には「一方的に」の文言があったのですが、(見かけ)一方的にいじめられているようには見えない場合も考慮して、この文言は削除されたようです。
※文科省サイト https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1400030_003.pdf

また、
職場でのいじめに当たるものは、ハラスメントとされています。
パワー、セクシャル、モラルがよく取り沙汰されます。
いずれも、地位・人間関係の上下があり、力関係に大きな開きがあり、力の強い上の者が力の弱い下の者に対して害を為す行いです。
自分の地位や力を乱用しています。

子への親の力の乱用、子の不適切な利用などの意味を含む児童虐待・Child-abuseは、
身体、心理、性的、ネグレクト・育児放棄の4つの視点から捉えられます。

物理的、心理的に、親という立場を乱用して、子どもに害を為す行いです。
または、子どもを自分の都合のいいように利用する行い。でもいいかもしれません。

例えば、

親がイライラしたときは必ず子の小指に爪を立てて憎々しくつねる。
子は激しい痛みに顔をゆがめる。
気がつくとそれをされていたので、子はそれが普通(の親子関係)だと思っていた。
実際は苦痛を感じていたのに、止めてと言うこともせず。
むしろ平気でいられるようにガンバったり。

子どもが本音を口にすれば、親はそれを人がたくさん集まる場で笑い話のネタにする。
止めてと言うと、それをまたネタにする。
親が子を嘲笑の的にする。

子は、
親が自分の心の痛みに関心がなく、むしろ痛がる子を楽しんでいることにさらに心に痛みを覚えながらも、
自分が軽んじられることを恥をかくことを引き受ける。
それしか対処できない。生きていく術がないから。

実のところ、親に悪意はあるのでしょう。
からかい程度の悪意か、傷つけてやろうと思うほどの悪意かの違いはあっても。

子に悪意を向ける親。
よその子にはムリだが、実の子になら悪意を実行できるから遠慮なくやる。
だって、実の子は自分たちから離れられないから。私たちは一生ついて回るから。
愛情にもとづく親子の絆ゆえに、一生離れず大人になった子が老いた親の面倒をみる場合とは違います。
脅し・強要の対象として我が子を利用する子どもの悪用です。

自分の力ではどうしようもない圧倒的に不利な立場に生まれ落ちた子。
だからこそ大事に育まれるのが一般的だけども、
虐待親はそうしない。

自分の圧倒的有利な立場を利用する。
子の圧倒的不利な立場を利用する。
子は、自分が悪用される状況から逃れる術はない。
家族重視。日本の法律がそうなっているからです。
それを百も承知で平然とやり続ける親。

お前がいるから離婚できない。
子は三界の首かせ。
として自分たちが苦しみの中に居続けねばならない理由がお前にあると子どもに面と向かって言う。
自分たちの幸福の邪魔をしているのはお前だと名指しで責めていることになります。
子は自責の念を持ちながら、自分が居ない方がイイと思いながら親の元にいます。親こそ子の首かせであるのに。

親にも悪意はあります。

子に悪意を向ける親の元でなんとか安全を確保すべく、子は最善を尽くします。
目立たず、欲を抑え自己主張せず、自分の感情を押し殺し、ひたすら親に追従し、そうして生き残る。


少しばかりの自分の好きなことは目立たないようにやる。隠れてやる。
見つかったら、親は何をしてくるか分からない。執拗に嫌がらせを続けることは高い確率で予測される。
生きるのが命がけ。
これ、
いじめ加害者に見つからないように怯えて過ごすいじめ被害者の心理とほぼ一緒です。
いじめられないよう日常を命がけで生き抜く。
一分一秒すら気が抜けない。

前述したように、以前はいじめの定義には「一方的に」の文言がありました。
最新の定義では削除されています。

積極的に嫌がる相手をいじめる側が一方的にいじめているという構図ばかりではないからのようです。
いじめられることをむしろ積極的に引き受けることで身の安全を保つ。
傍目には仲良くじゃれ合っているように見える。
そういう構図も少なくないからでしょう。
この点も、虐待と通ずるものを感じています。

問題が無い親子を装う。
周囲もこの親子は問題が無いと認めているから。
それに同調する。
波風立てても危険なだけだから。
または、苦痛や危険を主張しても信じてもらえないから。
そもそも自分の家庭が、家族が危険であることを知らないから。
今の状態が普通の暮らしだから。

家庭の内外で親からいじめられている子は、
自分の日常の言動が自分の命に直結しています。

だから、
なによりもまずいじめ加害者の動静を気にする。
加害者が目の前にいるかどうかは関係ない。
今どこにいるか、何やっているか、機嫌はどうか、被害はないか、被害が起きているかもしれないのでその心構えをしておく、
気を抜かず、注意を逸らせず、集中して、想像力を働かせて。
いじめ対処が日常の最優先事項。
いじめ予防のために全力を捧げる。

そんな緊張感あふれる日常。
安らぎなんて得られるはずもない戦場のような家庭。

学校でのいじめ、職場でのいじめはよくないことと多くの人が認めています。
家庭内での親によるいじめも同様です。




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