信仰が支えとなる話。

2019年08月25日

虐待環境だったり、
イジメにあったり、
何もかもうまくいかなかったりして、

誰のことも信用できなくなったり、
自分に自信がなくなったり、
未来に希望がなくなったり、
したとしても、

何か、
大きな存在とつながっている感覚があると、
けっこう辛抱がききます。

何かから見守られている。
そう思っているだけでも。
少し心が安らぎます。

およそ信仰は、
何か大きな存在。
自分より大きく抱いて力強く包容力ある存在。
とのつながりによって成り立ちます。

大きな存在と対話し、
癒され、あわれみを持たれ、励まされ、心をよせられている感じを持ち続けることで、

親からの心ない仕打ち、

友人からの冷遇、

理解のないオトナたちからの理不尽な扱い、

などから、

社会に居場所のない心許なさを感じていたとしても
なんとか忍耐できます。

自分には寄る辺がある。

いつでもどこでも何が起きていてもつながっている。

見守ってくれている。

そばにいる。

そういう実感があるからです。

目には見えないけど、
偉大な慈悲深い、力強く優しい存在、

サムシンググレート・Something-Great

を感じることは一人を生きる支えになります。
ひとりでないと感じられるから。

私聞風坊もそうして生きてきました。  
子どもの頃から。



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