ここじゃないと思うのは「属するな」という命令に従っているからかも

2019年10月20日

 これまで何回か紹介してきましたが、

 TA・交流分析の根幹理論の一つに

 禁止令(最近は強制命令という場合もあります)と言うのがあります。

 生き残るために、自分を律するメッセージのうち、否定形のものです。

 その1つが「属するな」です。

 集団に属するな。

 という意味で、

 具体的には、

 うちの家族に属するな。

 地域に属するな。

 学級に属するな。

 国に属するな。

 友人関係に属するな。

 なんてなります。

 そんなことするのは子はうちの子じゃない。

 と言うメッセージをしばしば強く受けた子は、

 家族に属することを禁止するようになる。

 家族の一員であることを許可しないようになる。

 と考えます。

 こんな感じで、

 地域住民に属せず、

 学校や学級の一員となることを認めず、

 友人が集う場にあっても、
 ここに属しちゃいけないとして、

 とその一員であることを認めません。

 具体的には、

 ここは違う。

 自分の居るべき場所じゃない。

 なんか違う。

 という認識、感覚として感じられると思われます。

 この感覚、

 不登校やひきこもる人の多くが、

 または、

 死にたいより消えたい感じ。

 を持つ人の多くが抱くようです。

 ここじゃない。

 ここでもない。

 どこにも居場所がない。

 属する場所がない。

 そもそも属したら息苦しい。

 とはいえ、
 そこにいるのもなんかイイ感じ。

 と言うことで、自分なりに折り合いをつけます。

 属している感じがしなければ、いてもいい。

 だから、気配を消していればいい。

 消えた状態・見えないならいてもいいかな。
 ※かつて「見えるな」という禁止令がある! と議論になったこともあったとか。

 姿形は見えないから、属してることにはならないし。

 人が集まる場の辺縁にいて、機嫌がいい人。

 みんなとは距離を置いているけど、いつもいる人。
 
 属していることが目立つ感じじゃないけど、属している。

 そんな交流をしている人。

 「属するな」の命令に従っているかもしれません。

 とはいえ、実のところ集団の他のメンバーは、
 あなたが、そういう感じで自分たちの集団に所属していると当たり前に思っていることも少なくありません。

 客観的な結論として、
 つまりすでにもう属しているんです。

 となると、

 所属する集団の名前を自己紹介の時に使うなど、
 少し属してもイイかもしれません。

 自分の意見を言うなど、
 少しばかり姿形をはっきりさせてもイイかもしれません。



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