支援者にかみついた歴史 その2

2019年04月10日

 聞風坊が支援法にかみついた歴史を記すシリーズの2です。

 今回は「待て」

 不登校界でよく言われていました。今でもそうなのかしら。

 焦らず待て。

 今は待て。

 学校に行くのを待て。

 社会に出るのを待て。

 やんや言わずに待て。
 
 本人が動き出すまで待て。

 とにかく待て。

 いつまでも待て。

 やっぱり待て。

 何があっても待て。

 20年近く前、
 私が不登校界に触れたときは、そんな雰囲気すらありました。

 でも私は知っています。
 いつまで待っても変わらない事態があることを。

 8050問題みたく。

 親が80歳になって、健康を害していて、本人も50歳になって同じく健康良好じゃないであろうに。
 それでも待て。

 そんなのありえません。

 「待て」
 を薦めた偉い先生方は、
 自分たちが「待て」を勧めた結果責任をとるのでしょうか?

 いいえとりません。
 だってとれませんもの。

 偉い先生方の言葉に従い、
 待ちつづけたのは家族や本人だからです。

 行動に責任が伴うの理屈で、
 待ち続けた責任は、家族と本人にあります。
 偉い先生方には責任なし関係なしとなってしまうからです。
 
 別に強要したわけじゃないし、選択したのは自己責任だし。
 家族が待つって言うんだし。本人も待ってと言ってるし。
 そんな言い草すらも聞こえてきそう。

 偉い先生方や、支援者のアドバイスを真に受けた
 しわ寄せはいつも従順な家族・本人が引き受けます。

 そんな偉い先生方や支援者の無責任な姿勢にかみつきました。
 基本的に文章で。
 時に、「いつまで待ちます?」と質問する形で。

この項続く。次回は「自己○○感」


タグ :待て

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