2017年11月09日

相模原やまゆり園の事件についてのフォーラムを聞いて

 ↓フォーラム・私たちが生きる意味を聴講しての感想です。



 いわゆる相模原やまゆり園の事件を検証するフォーラムだったのですが、

精神疾患があると認定された加害者を簡単に退院させた医療制度の問題だ。

精神疾患者は、危険だ。という風潮が助長されてしまったことが問題だ。

障がい者を不幸しか生みださないと考える偏見があることが問題だ。

など、いろいろな面から問題提起がされている、とても複雑な出来事です。

加えて、このような社会問題としての側面の他に、
 障がい当事者だから感じる危機感があるようです。

 特に、誰かの介助がなければ身を守れない状態の人は、我が事のように身の危険を感じています。

 さて、この事件について、

 社会が無意識のうちに持っている差別意識が大元の原因だという考えを基調講演の大熊由紀子さんは披露されました。

 そもそも、障がい者だからという理由で、1つの大きな施設に集めて暮らさせることに違和感を持たない感覚が、自分とは違う者を排除する意識の現れで、それが今回の事件につながっているという指摘だと受け止めました。

 また、事件を長年取材している成田洋樹さんは生産性が高いものに価値があり低いもの無いものには価値を置かない社会意識が問題だと指摘されました。

 だからか、障がい者だってなにかを生産している・社会の役に立っているという考え方には疑問を呈しているような印象を持ちました。

 人は存在するだけで生きる価値があるということをなにより大事にされているようでした。

 私聞風坊は、障害のあるなし・程度の大小に関わらず、人は存在するだけで何かしら社会に影響を与えていて、つまり社会貢献していると考えています。

 差別・排除意識については、仕方のないことだと思っています。人間は同類を好む性分のようだからです。

 ただし、差別・排除意識はあったとしても、行動・施策として実行する際は熟考に熟考を重ねて考え抜いてやるべしと思っています。

 人を自分のコミュニティから排除するということは、それほどの重みがあると思っているからです。
 
 フォーラムを拝聴して考えたのはこのようなことでした。

 そして、フォーラム後に考えたのは、やはり加害者が加害者になるまでの心の動きです。
 それは、福祉職員が加害者になるまでの心の動きかもしれません。
 フツーの人が犯罪者になっていく心の動きかもしれません。

 そもそも加害する人は精神的にフツーではない。私たちとは違う。

 の一言で片付けていいようには思えません。

 それこそ、排除の論理です。

 加害者の心の動きの中にこそ、この問題の核心が隠されているように思えています。 

 そこには、万民が安全に暮らしていくためのとても大切ななにかが隠れているように思えています。



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