2016年11月22日

ひきこもってよかった。だろうか?

 いわゆる当事者の世界では、

 自分たちの体験を肯定的に捉えようという運動めいたものがあります。

 その中に、苦痛を伴う体験をしたからこそ感じられる喜びがある!

 という意味合いのものがあります。

 それらを確認するための質問は次のようなものです。

 例えば、

 不登校してよかったと思えることありません?

 ひきこもりになって良かったと思えることは?

 病気になって良かったと思えることは?

 こんな風に。

 不登校になったからこその、良い出会いはあるでしょう。

 ひきこもりになったからこそ、知り得た世界はあります。

 病気になったからこそ、得る喜びもあるでしょう。

 そういう点に注目して、苦痛を伴う体験を喜びの体験として捉え直そうという意図があるのかもしれません。

 人生にはいつも意義があるという風に。

 私聞風坊は、この考えとは少し違う意見を持っています。

 やはり、
 ひきこもりにならずにすめばいいと思っているからです。

 病気にならずにすめばそれは望ましい。
 たぶん、不登校せずにすめばそれでイイでしょう。

 苦痛を伴う体験をせずに喜びを感じるのが本来でしょう。
  学校に通いながら、社会と関わりながら、健康でいながら。

 先の理屈だと、喜びを感じるには苦痛体験が必須だみたいな気分になってしまいます。

 そこで私聞風坊はこう考えます。

 苦痛を伴う体験の中でも、人は喜びを感じられる。

 一緒に喜ぶ人と出会える。
   一緒に苦痛を抱えてくれる人と出会える。

 新しい世界を体験する喜びを味わえる。

 人生を豊かにするチャンスを手にできる。


タグ :喜び苦痛

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