子どもの貧困と食事のこと

2016年04月13日

 昨今、話題の子どもの貧困。
 私聞風坊は、ひきこもり支援の準拠法が生活困窮者自立支援法だというので、
 困窮者支援制度については少しく知っています。

制度の概要資料
 生活保護法によって支援はされていないが、現に困窮しているか、将来的に困窮するであろうと思われる人を支援するのですね。

 また、私のフィールドが、子ども・若者支援の範疇になるので、子ども・若者関連の事業に関わらせて頂いています。

 最近は、こちらにお邪魔しました。↓


 教育関係者、自治体支援職、NPO関係者、市井の人、
 子ども・若者に関わる県内の人たちが集まって井戸端談義風に自分たちの思いを語り合う場となりました。

 特に、親子食堂を開催する話で盛り上がり、地域の課題に取り組むための出会いとアイデアをたくさん手にしました。

 とはいえ、困難を抱える子ども・若者の食について、全国の取り組みなどを見聞きして、
 気になる点があるのも事実。
 
 実は、
 食事場面で、つらい体験を繰り返していると、食にまつわることに嫌な気持ちを持つことは珍しくありません。
 それにともない、こわばったり、ドキドキしたりと身体が反応することもよくあります。

 また、誰かと一緒にいる場面に、強いストレスを感じる場合も多くあります。大勢と一緒だとなおさら緊張は高まります。

 孤食がいけない、みんなで一緒に食事をとるのがステキだとして、食堂的な場を設定したとき、
 その場そのものが暴力装置として無意識に認識される可能性は低くないのです。

 安心して食事できなかった、誰かといることが危険だった、
 そういう環境で長い時間を過ごした子ども・若者は、誰かとの食事が極めて苦手。

 むしろ孤食の方が安心できます。

 満足に食事をとっていない。というのもある意味失礼な言い方。
 その子なり、その親なりに、精一杯の食生活かもしれないのに。

 おふくろの味。家庭の味。家族そろって。食卓を囲む。家族団らん。
そんな言葉を耳にするたびに、食欲が失せる人はいます。

 今回は子ども食堂について書きましたが、
 子ども・若者の居場所を実施する場合も同様の課題があります。

 支援者にあっては、自分たちの常識
 ~孤食は望ましくない、食事は楽しい、自分たち支援者と一緒にいるのは安全・安心~
 をいっぺん横に置いて、常識外で生きてきた人たちの気持ちを思いやってほしい。

 そういう願いで、取り組みに関わっています。



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