人を支援するということ

2016年05月29日

雑感です。ちとややこしいです。

誰かの何かの手助けをすることを支援とするならば、
そして、それにより対価を得るのことを仕事とするならば、

相手が自分のニーズを叶える手助けをするのが仕事で、

ニーズに応えるのが仕事ではないと思うのです。

もし、自分で応えられなければ、応えられる専門家を紹介するという形で、

その人が自分のニーズを叶えるための手助けをすればいいと思うからです。

どういうことかというと、
喉が渇いたという要望に対して、飲み物を出すのが応えること。

一方で、
喉が渇いたときに、喉を癒すという自分のニーズを叶えられないから困っている。
そこには、叶えられるようになるというニーズがある。

と見立てて、その自分のニーズを自分で叶えられるようになる手助けをするのが支援という仕事だと思うのです。
つまり、その人が飲み物を手にすることを叶える(手助けをする)と言うこと。

なんでも相手の言うことに応えることが寄り添うことだと思っている人は少なくないようです。

私聞風坊は、その人が心地よく生きるのに必要ななにかを叶えるために寄り添うのだと思っています。



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