瞑想して変わったこと。2

2016年04月25日

 前記事の続きです。

 身体に意識を向ける瞑想によって、気づいたことがあるのでした。

 その一つは、今の自分に気づくことで、今までの自分(=昔の自分)を、なるほどなぁと理解できるようになったことです。

 説明しましょう!

 最近、
 物音にとても敏感な自分に気づいたのです。

 それは、
 ほんの微かな物音を耳にすると、身体の中を緊張が走るということ。

 その時、
 急激に興奮が高まるということ。

 感情としては
 恐怖と怯えと闘争心と動揺を感じるということ。

 それは、いわゆる
 闘争か逃走かモード。戦闘状態ということ。

 そして、
 この身体感覚。

 ひきこもっていた頃によく感じていたこと。

 さらに、
 子どもの頃からずっとよく感じていたこと。

 そういえば、父親から、この子は怯えていると何度も指摘があったのを思い出します。

 つまり、
 子どもの頃から、人が近づくということはイイことではなく、危険なこととして知覚していたということ。

 人の足音、人の声、人の気配、ナニカの物音、それらはすべて危険。

 サンタさんの足音、楽しい報せを運んでくる優しい声、うれしいことが起きそうな物音。
ではなかったのですね。

 そういう風に、
 世界の危険性を常にチェックしながら、今まで生きてきたのでした。
 ※さながら空港職員の保安検査のようという喩えもあります。

 今さらながら、
 こんな安心のない生活は疲れますね。
 夢とか希望とか抱いてる場合ではないのもうなずけます。
 人と関わることに疲労するのも分かります。

 自分は危険を察知するために昔から聴覚過敏で気配に敏感であったのだ。

 と気づいたのです。

 そして、パニックを起こすほど動揺することなく、それらのことを思いやりを持って受容しています。
これが瞑想の効果のよう。

 今に悪影響を及ぼしている過去のつらい体験も、穏やかに受け容れられる。

 トラウマケアに瞑想がいいと言われるゆえんが少し実感できた気分です。

この記事終わり。



同じカテゴリー(心理・カウンセリング)の記事画像
【告知】精神疾患を抱える親を持つ子どもの支援についての研修会のお知らせ
【告知】子どもの支援職向け研修会のお知らせ
自己理解のためのジョハリの窓 補足
【告知】 読んだり書いたりする時の困り感についての講演会
同じカテゴリー(心理・カウンセリング)の記事
 家族のことばかり考えている人は自分のことは後まわしの話 (2020-03-29 06:00)
 聞こえないと発言しなくなるかもしれない話 (2020-03-25 06:00)
 日本人は怒りの表情に悲しみを感じるらしいという研究の話 (2020-03-13 06:00)
 自立を支援するってのは、自活の支援だけじゃないんじゃないかと思った話 (2020-03-09 06:00)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
瞑想して変わったこと。2
    コメント(0)