壇蜜さんは色っぽい! は社会が決めたのか? 2

2016年03月06日

 人の社会的な地位は、社会がその人にどれほどの価値を見出しているかという面があり、
 それは、その人の価値や役目、またはその人らしさや権限を決定することにもなるのでした。

 その結果、私の価値観とは違うけど、
価値が置かれている場合が生じるのです。

 例えば、
 先生のことをエラい! と思うのが一般的な価値観だとしても、
私はエラいとは思わない。
 今の社会的地位にふんぞり返ってるただのオジサンだ。
として価値づけ、意味づけしている場合などです。

 こういう価値感の児童生徒学生大人は、一般社会で暮らす時、苦労します。
自分の大事な思いを周囲と共有できないからです。

 不登校・ひきこもり・ニート界では、この価値感は珍しくありません。
エライ人の言うことに価値を置いたところ、イタイ目に遭った人が多いからです。

 一般的な価値観に従ってイタイ目に遭った人は、一般社会になじめません。
にも関わらず、一般社会は自分たちの価値観に合わせようと必死になります。

国家予算を組み、
支援者を養成派遣し、
個人を説得し、
 逆効果になるばかり。

 みんながそうだと言うから、自分もそうだということばかりではないということを知る必要があります。
 価値観は多様なのです。

 きっと、壇蜜さんが色っぽいと思わない価値感もあるのでしょうね。
 私聞風坊の価値観とは異なるけど。スマイル

この項終わり。



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