フツーの人がセラピストをこころざす時

2015年10月14日

 今回は、ポエムのような記事でございます。

フツーの人たちは、
 困難を抱える人を見ると、

自分たちと同じようだと見るかもしれない。
 そこで、自分の経験にもとづいて、
解決法を、示し勧める。
 ときにはなぐさめる。

もし、自分たちと同じじゃない。異質だと認めたとしたら、
 もはや関わらない。
 それは心理的に排除すること。

 前者のうち、困難を抱える人に関わることで、助けた感が実感できたとしたら、
セラピストの道をこころざすかもしれない。

 もし、助けた感が実感できなかったとしても、
やはり人助けの道をこころざすかもしれない。

 私は他人に影響を与えることができる!
その魅力につかれて。

 自他は異なる。異質だ。
たといピアであったとしても。
 それでいて、関わる。

 自分には力はない。
それでいて、あの人のために何ができるだろう?


 後者のうち、こんな思いで困難を抱える人に関わる人は、
一緒に歩んでいけるだろう。




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