当事者は誤解されている

2015年12月16日

 困難を抱えている人という意味で当事者という言葉を使うとして、

 当事者は誤解されている。

と思うことがしばしばあります。

 それは、どうも当事者が自分を語る場面で本音を語ることができていないからのようです。
 本音が語られていないから、本音とは違う当事者の語りをもとにした当事者イメージが誤ってしまう。

そんな気がしています。

 なぜ、
当事者は本音を語れない。
 と思うのでしょう?

 その理由の一つは、聞き手(含む主催者)にあると見ています。

 聞き手は、自分が聞きたいことを当事者から聞きたいからです。
 それ以外のことはあまり熱心に聞かない。

 都合、当事者は聞き手が聞きたいことを中心に語ることになります。

 その結果、当事者はその語ったことをもとに理解され、人々に周知されます。

 それは、その当事者の語りたいことの一部でしかないのに、しかもそれはその人の人生の一部分を語っただけなのに、
 その語りで、当事者の全体が表現されているかのように。

 あぁ、あの人は、そんな人なんだ。
  語りを聞いた人は、こう思います。

 その人らしさは、周囲の聞き手によって形作られるのです。
本当の当事者の代わりに、聞き手が作り上げた虚像が市民権を得るのです。

 そうしていつの間にか、
 あの人は、この語りしかしない人なんだ。
   これを語りたい人なんだ。

 そんな聞き手の思い込みが生じ、それが聞き手の世界に常識として広まります。

この項続く。

参考書籍
『関わることを考えよう ボクたちはこうしてほしいんだ。』(拙著)
当事者は誤解されている



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