独り語りから対話へ

2015年10月20日

 久しぶりに、こもることについての話です。

当たり前ですが、こもっていると、あまり誰とも会話をしません。

 挨拶や返事などの型通りの会話ならそこそこするのでしょうが、

 相手の話を聴いてそれに応じてこちらも言葉を返す。
  こちらの言葉に応じて相手がまた言葉を返してくる。
 という言葉の往還。
  言葉に乗せた思いや考えや感情のやりとりは、めったにありません。

 誰かと会話することから距離を置いて、会話するとしたら自分とだけする。
という願いがあって、
 こもっている面もありますから、当然といえば当然です。

都合、一人で会話することが多くなります。

これ、モノローグっていうんです。

 こもる人たちは、モノローグに慣れています。

 自分で自分に話を振って、自分で突っ込んで、自分一人でウケている。
 自問して、独りで考えて、答える。そして一人納得する。
 そんな会話をやっています。

 だから、
久しぶりに誰かを会話することになると、なんだか会話が奇妙になることが多いのです。

 つい、いつものモノローグの調子で相手と会話してしまうんです。

 例えば、お気に入りの物を相手に教えるとき、

「これ、好きなんすよ。ここでこういうのがこうなって、オモシロいんすよ」
 気がつくと、いつも自分と会話するような声の大きさ、ぼそぼそ感、テンポで話してる。

 だから相手はよく聞き取れない。

 結果として、
 相手がいるのに一人で会話してるような感じになってしまいます。

 誰かと話するのは久しぶりだからしょうがないんです。

 こんなちょっと調子外れの会話でも、くり返しているうちに、
 だんだんと、相手と呼吸が合ってきて、
 相手の様子を見る余裕もできてきて、

 相手が理解してから、話を次に進めるってことに慣れてきます。
 理解してなさそうなら、別の言い方で話すとかもできるようになります。

 相手からのうなずきやらあいづちやらを受けながら、
 質問やら、要望やらに応えながら。

 そうして、
 独り語りのひきこもる世界から、
 対話(ダイアローグ)する世界へと移っていくのです。



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