資格を取りたくない心理

2015年11月24日

 私聞風坊の周りには、資格を取ることに熱心な人が多くいます。

 将来を見すえて、いわゆる使える資格を取ったり、自己研鑽のために資格取りにいそしんだりと、動機は様々。
 みんな一様にやる気になってます。力こぶ

 私はどうかというと、資格取りに熱心ではありません。
むしろ冷めてる感じ。

 一応、車の免許は持ってるのですが、それも葛藤ありました。

 これ、なんでかなぁと考えると、行き着くのが信頼感なんです。

 資格を取ることに、またはその過程に燃えている人は、なんだか活き活きしています。
資格の制度を信頼して、
 資格を取るための先生を信頼して、
   資格取得までの道のりを信頼して、
      同じ資格取りの仲間を信頼して、
 資格取りに励んでいる感じ。

制度から認証されることに喜びを感じ、
 先生からよく評価されることにうれしさを感じ、
   道のりや教わることの正しさに疑いもなく、
      苦楽をともにする仲間を支え支えられて。
 
 資格を取るというのは、資格を与える何者かから評価されること。
それは、
 資格を取った後の自分の肯定的なイメージに直結しているよう。

 資格を取るといいことがある!

 資格制度を信頼してこう思ってる感じ。

でも、私は違います。

 資格を取ってもなにか良いことがあるとは思えない。
 そもそも誰かから評価されたくない。
 ほめられたくもない。
正直そんな思いを持っています。

 資格制度やそれに関わる人たちを信頼してないのですね。
相手の思いや、相手が作った制度や、評価基準などを信頼していない。
 だから、冷めている。

 短期間の研修やトレーニングには進んで参加して知識やスキルの習得には熱心だけど、
資格を取るためとなると一気に熱が冷めてしまう。

 唯一少林寺拳法の段位を取る時は違いました。
先輩諸氏へのあこがれや自分の目標となる姿をめざして熱心でした。

 なるほど、資格取りに燃える人たちは、この感覚なんだなと再確認した思いです。

世界に対する信頼感についてのカミングアウトでした。


タグ :資格信頼感

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