人間の本性は暴力的かやさしいか?

2015年06月24日

 しばらく前に、
『人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か 』 (2004 NHK出版 スティーブン・ピンカー著  山下 篤子訳 上・中・下)

を読みました。そのうち、男女の性差と暴力に関することについて考えたことを記します。

 私たちは、戦争のニュースや犯罪報道に触れるたび、
残虐な行動に驚き、恐怖するとともに、
 その行為を為した人の人間性を疑います。

あんなことするのは(私たちと同じ)人間じゃない。

 ときにそれは、自分自身の人間性にも疑義を呈します。

 つまり、
私の中にも、
あの戦争を行ったあの人と、
あの犯罪を行ったあの人と
 同じ要素があるのではないか。

 一歩間違えれば、
私自身も、あのような残虐行為をしてしまうのではないか。
 いや、あそこまでではないが、ひどいことは無意識にしろもうすでにたくさん行っているではないか!?

 この問いは、自分自身への恐怖心を呼び起こします。

 このようなことからか、古代から、人間の本性については諸説入り乱れてきているようです。
 この本では、そのうちの、

 人は生まれたときは暴力性も、優しさも、野獣性も、人間性すらも持ち合わせていない。
それはまるで、空白の石版(ブランク・スレート)のようだ。

 そして、養育環境から暴力性や優しさなどのいろいろなことを刻み込んでいく。

 つまり、人はその人として生まれたのではなく、生まれた後の学習によってその人らしくなっていく。

 残虐行為をする人は、生まれつきの残虐者ではなく、残虐行為を学んだ結果残虐者となったのだ。
だから、その人がもし友愛を学んでいれば、友愛者となった。

 というブランク・スレート説を真っ向批判します。

 著者は、人は生まれた段階でもうすでに、その人らしさを持っている。
と主張します。

 男性は、男性ホルモンの影響で、(男性に比べて男性ホルモンの少ない女性よりは)暴力性が高い傾向がある。
人より物に興味を持つ傾向がある。

 女性は、女性ホルモンの影響で、(女性に比べて女性ホルモンの少ない女性よりは)調和性が高い傾向がある。
物より人に興味を持つ傾向がある。

 ということなど、とっても細かく、そして科学的に、一つ一つ検証していきます。

 ブランク・スレート説によると、
 暴力事件を犯した犯人は、そもそも暴力的ではなく、養育環境等の環境で暴力行為を学んで、罪を犯してしまったと考えます。

これは、犯人の心に寄り添いやすい考えです。
 だから社会が変わらねばとして、社会運動を起こします。

この記事続く。


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