2015年04月28日

自信がないと踏み出せません

 以前の記事にも書きましたが、トラウマケアの講義を受けたのですが、その時学んだことの一つに、
セキュアベースというのがあります。

 日本語訳は安全基地ですね。今回はそれについての記事です。

 さて、
 赤ちゃんは、自分が不安になった時には、泣いて訴えたり、養育者(母親)に近づいたりして、
なぐさめてもらって不安を無くそうとするそうですが、
 この時の養育者が安全基地になります。

 恐い・不安→安全基地→安心
の体験を安定して繰り返すと、そのうち一人でも不安を抱えたまま落ち着いていられるそうです。
 自分の中に安全基地を作り上げるという喩えもあります。※内在化

 また、
 人は、なにかしら興味や関心を持つと、
好奇心を満たそうと未知の世界に踏み出したくなります。ダッシュ2

 それは、
見知らぬ人に声をかけることであったり、
   いつもと違う路地を曲がることであったり、
  こもっている部屋から外へ一歩でることであったり。

 でもこの時、好奇心よりも強い不安を抱くこともあるでしょう。
そうしたら、安全基地に戻って不安を解消しようとします。

 まずは自分の中の安全基地に戻り、心を落ち着けようとします。
それでも十分じゃない時は、自分以外の安全基地に戻って助けてもらいます。

 今、
 私の中の安全基地があまり力強くない時、
私は私の不安をうまく解消できません。

 人に声をかけたとしても、用件を果たさずに立ち去ってしまうかもしれません。しょんぼり
 そもそも声をかけることができないかもしれません。

 いつもと違う路地を曲がったら、恐くて足がすくんでしまうかもしれません。大泣き
 そもそも違う道を歩めないかもしれません。

 こもっている部屋から一歩外に出たとして、ものすごい恐怖に駆られ、部屋に飛んで帰るかもしれません。ダッシュ
 そもそも部屋から出ることができないかもしれません。

 こんな時、
 誰かが安全基地であるならば、その人に自分の不安を解消する手伝いをしてもらえるでしょう。

 でも、安全基地の役目を担う誰かがいないとしたら、
私は巨大にふくれあがった不安を自分の中の安全基地だけで対処せねばなりません。

 それにはものすごい労力がいります。激しく心を消耗します。

 安全基地となる信頼できる誰かがいない時、
私は私の面倒を全部自分で見なければならなくなります。

 都合、
 自分で面倒が見られることしか、
自分で許容できる範囲でしか活動しなくなり、
 新しいことにチャレンジすることが非常に少なくなります。

 自分の不安に対処できないから、不安が高いことにチャレンジできないのですね。
たとい興味や関心は高くても。

 あんな風になれたらいいけどムリ。
 ホントはあんなことやりたいけどムリ。

 だから、安全基地となる誰かが必要なんです。
子どもでも、青年でも、壮年でも。
 
 家族がそうなれたらいいですね。
 支援者がそうなってもいいですね。
 仲間がそうなることもできますね。



同じカテゴリー(研修受講)の記事
 専門家が連携するための研修を受けたのでした (2017-10-24 06:00)
 失った痛みをケアする講演を聞いたのでした。 (2017-04-13 06:00)
 デートDVのこと (2017-03-07 06:00)
 トラウマケアの研修受けたのでした (2016-12-04 06:00)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。



【お知らせ】
これまでの発表や記事原稿を、「聞風坊の図書館」で適宜公開しています。
別サイトになります。こちらもご覧下さいませ。


過去記事
みやchan インフォ
みやchan ホームに戻る
みやchan facebookページみやchan twitter
QRコード
QRCODE
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 10人
オーナーへメッセージ
 お手数ですが、携帯・スマートホンなどからの送受信の際は、パソコンからの受信ができるよう設定をお願いします。
 当方からのお返事が送信できないことが時々あるのです。
削除
自信がないと踏み出せません
    コメント(0)