ひきこもり家族は、子どもに求めすぎかも

2015年04月08日

 こもる人のご家族(親)への

どうなったらいいですか?

 という質問の答えとして、

とにかくあの子が外に出て云々。

をよく見聞きします。

 私には何もしてくれなくていい。何もいらない。とにかくあの子が○○になればOK。
という意味ですね。

 ○○には、
学校に行けば、
ゲームを止めれば、
病院に行けば、
仕事をすれば、
話をしてくれれば、
 などが入ります。

 これ、
私の幸せはあの子次第。
 ということですね。

私の人生の幸不幸は、あの子の手に握られている。
 私の不幸はあの子のせい。
    私のこの悩みの根元はすべてあの子にある。
  私の幸福はあの子がもたらす。
      私を楽にさせてくれるのは、あの子以外にない。

そういう思いなのでしょう。

 でもこれは、
自分が幸福になるために自分はなんにもしないけど、子どもには何かしてもらうと期待している。
 ってこと。

 だから、私はいらない。
代わりにあの子に何かして。
 という発言になるのでしょう。

 そうすれば自動的に私が幸せになる。
私は求めていないにも関わらずに。

 そしてそれは、
 自分の幸せはしっかり求めているけれど、
それをもたらすのは自分以外の人。
 だから、私をどうぞ幸せにしてちょうだい。
 という、
とっても受動的な幸せの求め方。

 自分は何も求めていない風で、一見とても控えめだけど、
じつはとっても虫のいい考え方なのです。
 だって、
私を幸せにするために苦労するのは、私じゃなくてあの子だもの。

 この考え方は、
とにかく学校がなんとかしてくれないと。
とにかく社会があの子のためになんとかしてくれないと。
 ※私が幸せにならない!
 という風にバリエーションが広がります。

 私は変わらないよ。
だから私以外の誰かが変わってくれて、
 そうして私を幸せにしてくれないと嫌だ!

 そんな心の声が聞こえてきそうです。

 自分が幸せになるために、あの子や誰かを利用しようとしている。
こういう厳しい言い方も当てはまるでしょう。
 他者依存的な幸せの求め方です。

 これをもし変えたくなったら、

 あの子は相変わらずです。
にも関わらず、私の心は穏やかです。

 社会もよくなったとは思えない。
にも関わらず、以前より楽な気持ちで暮らせてる。

 ご近所とのおしゃべりも楽しい。
仕事のハリも出てきた。

 自分の幸せは、自分の取り組み次第で手に入る。
今まではまるで、一生懸命に不幸を手に入れようと必死に頑張ってきたみたいだ。
 そんなことはもうしない。
 私は私を幸せにする。

 そんな思いで日々を過ごせることはできるようだ。
ということを知ることから始めてみるのはいいかもしれません。



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