Webひきこもり家族教室4 待つときを知る

2015年02月18日

 私がひきこもり界にデビューした頃、よく見聞きしたのが、「待つ」でした。
とにかく「待つ」「待つ」「待つ」「待つ」「待つ」。

 待っていれば必ずよいことがあるからと、
まるでサンタクロースを待つように。
  まるで白馬の騎士を待つように。
    まるで岸壁の母のように。※古い!

 でも、ひたすら待ち続けて数十年、親が亡くなり、一人世界に置き去りにされたこもる人の話も聞きます。

 私自身、待たれて困った経験者です。
あんた方、人がこんだけ困ってるのに、妙に機嫌良く見守るだけかいね。フンッ
 と、何度もも思ったことがあります。

 人が困ってるときに、手助けもせず、ひたすら待っているだけ。
ってとってもひどいことなのです。
 これだと、関係は悪化するばかり。
だって、ほぼ見捨ててるのと一緒ですもん。

 そんなことから「待つ」という姿勢に批判的なのですが、
今回は、待った方がいい場合について記します。

 待った方がいい場合、それは、
こもる人が主体的になんかしようとしている場合です。

 この時に、先回りしてなんかしてしまうと、よくありません。
先にやられると、これからやる意欲を削ぐことになるからです。

 例えば、
「バイトでもしようかな」とぽろっと口にしたとき、
 すわ、この時ゾ! ダッシュ
 とばかりに、
バイト誌を買い込んできたり、
  よさそうなバイトに赤丸付けたり、
    付箋をつけたそれを控えめに食卓の上に載せておいたり、
  バイト先に電話して様子を聞いていたり、
するのはよくありません。
 これは、過剰な反応だからです。

 自分の何気ない一言に、親が驚天動地の反応を示して動き回るとなると、
おちおち本音をぽろっと口にすらできなくなります。
 自分の手の内に治まるほどの小さなことが、手もとを離れ巨大な出来事になってしまっているからです。
もうそれは、私に関する事ではありません。私には抱えきれない大ごとです。

 そのため、慎重に慎重に選びに選んだタイミングと言葉で、本音を表出せねばならなくなります。
そこから心を閉ざし、コミュニケーションをしなくなるのは自然です。

 この、先回り行動をしてしまう癖がある親や支援者は、
「待つ」
 と、自分に再三、再四言い聞かせるのが得策でしょう。

 「バイトでもしようかな」
と聞いたら、
 おぉ、なんかする気になったか。ムフフヒ・ミ・ツ
と胸の内で喜びつつ、

「イイネ、相談あったらいつでも言いいないね」
 みたく軽く応じるのがいいかもしれません。
そして「待つ」のですね。

 この場合、待つと言うより、「任せる」と言った方が適切かもしれません。

 相手に任せる。
それは相手を信頼しているからできること。
任せられた相手は、信頼されていることを実感します。

 それは自信、自己肯定感につながります。


参考書籍 拙著
『こもって、よし! ひきこもる僕、自立する私』(鉱脈社)
『「親」を育てる「ひきこもり」』(私家版)




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