楽しむ場が苦痛なことあります2

2015年01月28日

 前記事は、支援者やセミナー講師する人たちは、自分たちが
楽しさを与えているようで、実は苦痛を提供している可能性に思いを向けようね。叫び
 という内容でした。

 今回は、私たちはなぜ楽しいとされている場に関わるときに苦痛を感じるのか?
生きづらさを持つ人たちの一人である私聞風坊の私見を以下に記します。

 一言でいうと、私たちにとってそこは、
楽しむ場というより、
楽しまねばならない場なのです。

 なぜなら、すでにそう設定してあるのだから。

 それは、
 みんなで楽しみましょう。
 元気を取戻りましょう。
とチラシに書いてあったり、

 あんたも楽しんできない。
家族からそう言われたりしたことから明らか。

 そして、
友達がいないこと、一人で暗くしているいつもの生活はおかしい。
 そう自分で思っているから。

 だからそこは、
明るく元気にみんなで楽しむ場。
 なのです。

 でも、
楽しむってどうやって?
みんなが楽しむってどうやって?
この前、なんか嫌な気分になったけど、今度もそうじゃない?
だいたい笑うの苦手だし。
大きな声キツいし。
なんか言われそうだし、
なんかやらかしそうだし、
あーめんどくせ。

 こんなふうにいろいろいろいろ思い悩みます。プンッ

 往々にして、その場に行った後、
楽しんだ後のことが気になって仕方ありません。

期待に応える。
与えられた目標を達成する。
都合、自分を隠す。
そういうことが習い性になった私たちは、
言われた通り、設定されていた通り、明るく元気にみんなで楽しむことを頑張ります。

 でもその後、なんか嫌な気分になります。
時に、その場にいたこと、行ってしまったことを後悔します。

 TA・交流分析の考えに禁止令というのがあります。
 これによると、私たちは、
楽しむな、素直な気持ちを表すな、のびのびするな、
 という意味の命令を自分自身に下しているとなります。

 その命令に反して、
楽しんでしまった。
心を開いてしまった。
仲良くしてしまった。
のびのびしてしまった。

 だから、命令に反した罰として、嫌な気分になっているのです。
そうして命令に従う大事さ、違反する怖さを自分自身に思い知らせるのです。

 こんな思いを繰り返すぐらいなら、
いっそのこと、明るく楽しい元気な場なんかに行かない。
静かに暗く一人でひっそりと暮らす方がいい。
 そう思うようになるのも理にかなっています。

 支援者やセミナー講師が好意で開催する楽しい場、元気になれる場が
 こうして苦痛を生みだし、楽しまないことをいっそう強める材料になることは少なくなくあります。

 こうした、
 元気がない人たちに元気をつけさせようというシンプルな思いからの、
一本槍の発想は、
 逆効果になることを知っていることは役立つでしょう。



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