食が人を傷つけるということ

2015年01月16日

 社会では、食育ということが取りざたされています。
 食材や食事、食事を作ることなどの食に関わる諸々の事柄を通して、
命の大切さを学んだり、家族の愛や、地域のつながり、世界との関わりを知ることのようです。

 家族で一つの食卓を囲み、
   和やかに、笑顔がこぼれ、
 楽しい会話がなされる中で、

 食事の作法や、料理の食べ方、
   どのような経緯で食卓に上ったか、
  だからどのような気持ちで食べるべきか
などを伝え、育んでいくという、

 状況が前提です。

 もしこれが、
 ヤマイモを掘る親のショノミを耳にしながら、
    文字通り箸の上げ下ろしまでうるさく指図する食卓で、
   いつ怒鳴られるか、いつ殴られるか分からない緊張の中で、

 それでも食事だからと、笑顔を作り、
    それでも子どもだからと、食事を作ってくれた親に感謝し、
  食事が食べられる平和な社会をありがたく思い、

 食べ物と一緒に、悔しさや怒りや悲しさを飲み込んでいることすら知らないまま、
    早くこの食事時間が過ぎないかと願いながら、
  大きくなったとしたらどうでしょう。

 正月帰って、田舎でゆっくりしてきたね?
 久しぶりに親の手料理食べて懐かしかったろ?
というフツーの声かけが、

 また、医療者や支援者の
 美味しいものでも食べて今はゆっくり休んで、
というフツーの思いやりの一言が、

 ザラっと心を削っていく感じ、
ドンと胸を押す感じ、
 キンと身体に突き刺さる感じ
を生じさせることは少なくありません。

 食事が暴力的である状況は少なくありません。

 平和と喜びの象徴としてある「食」にまつわる記憶・体験が、
闘争と、支配と、暴力と、屈辱と、無力と、悲しみと、身体の震えというように
 極めて否定的であるとき、

 その人にとって「食」は苦痛です。
食べることを考えることは苦痛を呼び起こすからです。

 身体を維持するために、必ず摂らねばならない食事。
そのために、美味しい、楽しいなどの喜びの身体感覚と直結している食事行動。

 世の中には、それが苦痛の人もいると知っていることは大事です。


タグ :食育苦痛

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