その人らしさの押しつけは暴力的です

2015年01月12日

 ↓ この記事の関連です。
 
 かっこよく言うと補遺です。

 私聞風坊は、「社会的性役割」から「性」を外して、「社会的役割」とすることで、
よりいろいろな場面に応用して深く考えるようにしています。

 性を外すとどうなるかというと、
誰かが、社会から、特定のイメージを与えられて、それを果たさねばならない状況をよく説明するようになります。

 私が考える社会から特定のイメージを与えられた例をいくつか挙げます。

・障害者は、心がきれいで頑張り屋さんだ。
・ニートは本当働きたい。働こうと頑張ってる人だ。
・子どもは元気で明るいもんだ。
・発達障害者は才能にあふれている人だ。
・ひきこもりは社会の被害者だ。
・不登校児童生徒は本当は学校に行きたいのに行けなくて悩んでいるかわいそうな人だ。
・年寄りは静かにおとなしくいているもんだ。

 いずれも、障害者らしさ、子どもらしさなど、「らしさ」として一般常識化しているようです。

 問題は、

・障害者なのだから、心がきれいで頑張り屋さんじゃないといけないこと。
・働こうと頑張っていないとニートと認められないということ。
・元気で明るくないと、子どもとして認められないということ。
・才能にあふれていないと発達障害者じゃなくなるってこと。
・社会の被害者という立場に立たなければ味方になってくれる人がいないってこと。
・学校に行きたくない。って気持ちを表明できないこと。
・やかましく活動的だと、高齢者として認められないこと。

 社会に受け入れるために、社会が持つイメージ、期待する役割を果たさなければ、
社会が望む役割を担うのであれば存在を認定する。
 でなければ・・・。

 そんな暗黙の圧力を感じます。

 相手の存在イメージである「らしさ」を勝手に決めつけるおぞましさに敏感になる必要があると思っています。

 以上、補遺なので短めに。


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