恥ずかしいと思う心理

2014年11月06日

 私、実はとっても恥ずかしがり屋なのです。
照れ屋さんというプリティな言い方もありますが、

誉められたり、感謝されたりするのが大の苦手。

 だから、
 本読みましたよ。いい本ですね。
 講演よかったですよ。

なんて言われると、内心恐縮しきりなのですね。

 こんなこと表明すると、
いやいや、よく人前で話してますがね。
会議でも堂々と意見してるのに。
 なんて言われそうですが、

 自分から発言するのは、割とアグレッシブなんですが、
逆が苦手なのですね。
 特に誉められたり感謝されたりのプラスのストロークが。

 そこで、なぜ私は恥ずかしい思いをするのか?
これをTA・交流分析的に考えてみました。

 まず、
 プラスのストロークされると、
その瞬間、私は当然喜びます。

 頑張った成果を誉められたり、
ありがとうと言われたりすることは、
素直に嬉しいんですもん。
 喜ぶのが自然。

 ですが、次の瞬間、コンマゼロゼロ何秒でしょうか、

調子に乗ってはならない!

誉められて素直に喜んではならない!

子どもじゃないんだから、騒がず凛として厚意を受けなさい!

 というような声がふわっと発せられるのです。

 これ、「親」のメッセージですね。
昔実際に、誰かに言われたり、指導されたときの記憶が元型。

 だから、喜んじゃいけないんです私聞風坊は
私の「親」が許さないからです。
 私の「親」の、
 私の「子ども」への養育方針は、
子どもみたいに喜ぶな!
 がポリシーだからです。

 では、そのポリシーに反した私は、どうなるでしょう?
誉められたり、感謝されたりして、子どもみたいに素直に喜んでしまった私には、
どういう仕打ちが待っているでしょう。

喜ぶなと言ってるのに! と叱られます。
また、同じことをして! と責められます。
言いつけも守れないダメな子として落胆されます。

 その時私は、
かつて親や大人からそうされたときと同じような気持ちになり、
恥ずかしい思いや、
情けない思い、
悔しい思い
 を瞬間的に再体験します。

 そうして、
瞬時に身をちぢこめて、
あはぁ、ありがとうございます。恐縮です。
 となるのですね。

 今ここで、誉められたり、感謝されたりしているのに、
実際は、過去の誰かの声に従い、その声に怯えた過去の私でいるのですね。

 これでは、うまく「今」に適応できません。
今ここで機能していない。なんて言い方もあるでしょう。

 ではどうすればいいか?
「成人」に意識を向けるのです。

 精神エネルギーというものがあるとするならば、
過去の出来事に精神エネルギーを注いでいるために、今ここで使う分が不足しているとなりましょうか。

 今ここで、
誉められた。という事実に意識を向け。
素直に喜ぶ。

 今ここで、
感謝された。という事実をしっかり受け止めて。
 喜び、自分を誇りに思う。

 今ここでわたしは、「親」を相手にしているのではなく、
目の前の、その人を相手にしているということに、しっかり意識を向けるのですね。

 すると、
おなじみの恥の感覚以外を味わう事ができるようになってきます。



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