アルコール依存症のこと1

2014年07月16日

 私の自助グループ体験は、アルコール依存症系のグループが始まりだったので、
アルコール依存症についても、実はなかなか詳しいのです。

 そこで今回は、アルコール依存症について、知るところをお知らせします。

 まず、アルコール中毒アルコール依存症について。

 以前は同じ意味で使っていたようですが、今では区別されています。それはこんな理由からです。

 中毒というのは、中毒症状を呈している状態です。
 お酒を飲むと、顔が赤くなる、血管が広がるので血圧が下がる、ろれつが回らなくなる、目が充血する、頭がクラクラする、痛くなるなど、身体に変化が起きます。

 また、大声を出すようになる、気が大きくなる、泣き上戸になるなどは、意識、気持ちの変化で、泥酔と呼ばれる酩酊状態などは意識障害を起こしていることになるでしょう。

 これらは、
 アルコールという薬理作用のある物質を体内に取り込んだことで起きる中毒症状なのですね。
ちなみに二日酔いは、アルコールが十分分解されずに体内にとどまったアセトアルデヒドによる中毒症状ですね。
 これがキツいガーン

 つまり、これら中毒状態は、私たちおなじみの状態。
つまり、私たちはお酒を口にした途端から、そう、乾杯の一口から中毒状態にあるのです

 さて、こういう風にアルコールが体内を巡っている状態が、しょっちゅう続いていると、
アルコールが残っていないとおかしい。と身体が思ってしまい、
アルコールを摂らねば!
 と、アルコール摂取を渇望し、飲酒することにとても重点を置いた生活をするようになってしまうのだそうです。
※この身体が渇望することは、ドラッグでは起きないアルコール特有だと言われています。

ビール呑みてぇメロメロ

しょちゅうくれぇクレイジー

 なんて思うのは、気持ちが欲しているだけでなく、身体自体が欲しているのですね。
だから、気合いで酒を断つのは難しいのです。

 依存症の家族が、依存症者に対して「もう酒は飲みません」という誓約書を書かせるという話があります。
しかし、この制約が守られたためしがないとか。
 気合いのせいではなく、身体が言うことを利かないことがその理由の1つでしょう。
 意志の力の外、自助グループにおいてパワーレス(無力)と指摘されているところです。

 こうして、二日酔いもふくめて、身体にアルコールが残っている状態で日々を生活するようになったらば、アルコール依存症だと思った方がいいかもしれません。
アルコールが体内からなくなった生活は考えられないからです。
 私聞風坊はそう思っています。

 実際の診断は、医師がすることですが、
 焼酎やお酒の盛んな、つまりアルコールの摂取に寛容な地域(つまり本県宮崎)では、これぐらいの自意識の方が実際問題として適切だと思っています。

 素面でやらかしたことと、お酒を呑んで同じことをやらかしたとして、もし後者の時「しょうがないわね」と思うようなら、寛容ですね。
やらかしたことは同じでも、お酒呑んでるなら別。という意識が働いているのでしょう。
 本当は、お酒を呑んでいようといまいとダメなものはダメなのですよ。

その2に続く。
 


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