望みを叶える自己決定でいいんです

2014年06月14日

 前記事の続きです。

 不登校やこもっている人は、少ない選択肢の中から決定した結果、
今の状態をやむなく引き受けている。


と思うのです。

 それ以外の選択肢があって、
それを選択することを決定しても、害がない。
むしろ利益がある。
 安全である。

などが予測されるならば、そちらを選択したのだろうと思うからです。

 不登校やこもる人は、それ以外の選択肢を選択することが許されていないために、
およそ人との関係を断つという決定をしていると考えているのですが、

 例えば、
言葉にならない自分の気持ちを察して言葉にしてくれる人と出会えるという選択肢。
ありのままでいていいことが保証されている場・人間関係という選択肢。
一つ一つ疑問に応えてくれる関係。答えを一緒に考えてくれるという応え方をしてくれたりする人と関係を築けるという選択肢。

 が手もとにあり、
選択しても、邪魔されたり、選択することで害を被ったり、選択するまでに歯を食いしばるほどの努力がいったりしないならば、
不登校したり、こもったりしない、または不登校し続けたり、こもり続けたりしないだろうと思うのです。

私の立場に立ち、
酌量し、
尊重し、
対等な付き合いをする人と関係が築けるのだとしたら。

 しかしながら、
その可能性はどうも低い。
そのことを経験上知っているのです。

 だから、
自己決定した後のことを考えて、新しい決定をしない。
そうして不登校やこもり続けるのでしょう。

 それまでは、自己決定は、あまりに負担が大きく、その上イイことなんかなかったのです。
だからもう、自己決定はしないのです。なすがまま、ずっと受動的に人生を送るつもりなのです。

 これ、
他者や世界に対する不信感で固まっている状態と言っていいかもしれません。 

 もし、今、
安全に害なく自分の利益になるような決定ができるとしたら、
決定してもいいとしたら、
 そして
それを支えてくれる人がいるとしたら、

 どんな決定するでしょう?

 誰かの望みでない、
   自分以外の人の都合を優先したのではない、
     知らず背負わされた責任を果たすためではない、

 ただ自分の望みを叶えるための自己決定。

 周囲や社会や支援者は、それをサポートするのが役目のように思えます。



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