学校生活は降伏の成果かも

2014年06月02日

 立場上、不登校のお話もよく聞きます。

 その中、
最近気になるのは、無理やりにでも登校させようとする学校側の姿勢です。

 私聞風坊が10代の頃は、登校拒否と言ってましたが、当時は、
根性がない!  負けてどうする!
 ということで、それこそ首に縄をつけてでも、家から追い出してでも学校に行くように仕向けていたようです。

 やがて、そんな親や教師という周りのオトナの対応が、
暴力を呼び起こしたり、ひきこもることにつながったりと、
 かえって事態を悪化させたことなどから、

 無理せず休ませよう、時期が来るまで待ちましょう。
として、寄り添う対応に変わったようです。

 しかしながら、10年、20年と、社会参画しない行為(家にいる行為)に寄り添っていても、
一向に変化の兆しが見られない。
 いつまでたっても家にいる。いやむしろ悪化しているようにも思える。

 ということから
近年は、早めに登校をうながそうと、早い段階で待たずにいわゆる登校刺激を与えるやり方に変わってきました。

 併せて、
 学友と学んだり遊んだり、学校生活を送る機会、教育を受ける権利を与えないのは、
周りのオトナの怠慢・罪だという考え方も生まれてきました。
 これをして消極的虐待という指摘もあります。

 そのためか、昨今はよりアグレッシブ(攻撃的)に登校させようとしているのかもしれません。
話を聞いていると、私が10代の頃、何十年も前に戻ったような錯覚すら覚えるほどです。

 人は、自己主張をして、それが受け容れられず、
そして相手の意向に従うしかない状況に追い込まれると、
自分の意向は捨てて、相手の望む通りに行動するようです。
 服従行動と指摘されています。

 闘争し、敗北し、降参したあとの心理・行動ですね。

 腕力、経済力、社会的力など、圧倒するオトナの力に惨敗した子どもは、
今しばしの身の安全を確保するには、もはや服従しか道はありません。

 彼ら彼女らは、
親が望むように学校に行き、
 先生が喜ぶように
指導に従い、勉学し、給食を食べ、友人と遊びと
 社会の望むような学校生活を送ることが予想されます。

 そして、それをして、
よく学校に適応している。
学校では問題なく過ごしている。
社会性が育まれた。
 と評価するオトナがでてくることも予想できましょう。

 しかし彼ら彼女らのその行動は、オトナ・社会の力に負けた結果なのです。
オトナ・社会の奴隷になっているだけなのです。
奴隷としての社会性なのです。
 オトナはそれを高評価しているだけなのです。

 社会に適応するということが、
奴隷となって生きること。
社会に負けてみじめな思いを押し殺して社会の望むように生きること。

 とならないように気をつけねばなりません。

 傷つけないように、腫れ物に触らないようにして、
周囲は見守るだけで本人と一切関わらず、
本人の自己治癒力・復元力(リジリエンシ-)頼みでは、事態が一向によくならないことはあります。

 だからといって、やみくもに刺激を与えれば、もっとひどい事態がやってくることが多いもの。

 よくよく慎重に関わる必要があると思っています。

 そのためには、
登校刺激を与える、与えない。
待つ、待たない。
 という風に2極単純化せず、

 どの程度?

という視点で関わることが必須だと思います。

そしてそれは、多様な価値観にもとづく複数の立場の人が関わると叶いやすいでしょう。



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