自分の肉体が嫌いだとしたら2

2014年05月08日

 前回に続き、私が自分の肉体について、好意的でない理由をもう少し記すことから始めます。

 肉体は容姿を形作ります。容姿は美醜の評価につながります。
それは、イジメの対象にもなりがちです。

 また、
 肉体は能力を発揮したり、または期待ほどに発揮しなかったりします。
 運動能力、作業能力、あらゆる能力は自己の評価につながります。

 親の望むような姿形であるか否か、親の望むような能力を発揮しているか否か。
友人の望むような、先生の望むような、社会の望むような、恋人の望むような姿形であるか、能力を発揮しているか。

 肉体は、私の評価の要件を毎瞬毎瞬提供しているのです。
365日24時間60分60秒、自分や誰かに評価されるのは、肉体がを表出しているからです。

 加えて、
 フラッシュバックと呼ばれるところの、過去のつらい体験を不意に再体験することがあります。
すると、全身がぞわぞわ総毛立ち、肩が緊張し、顎が引き締まるなどの不快な身体の反応が起きます。
 少なくとも、リラックスやホッとするや、温かいなどのほんわかした反応ではありません。

 それは、
楽しみなテレビを見ているときかもしれません。
欲しいものを一人で買い物をしているときかもしれません。
時に誰かと笑顔で雑談しているときかもしれません。

 肉体は、私の思いとは裏腹に、私を嫌な気分にさせるのです。

 こんなことから、私の肉体への思いは好意的ではありませんでした。

 これが、15年ほど前にこもったときに少しばかり変化したのです。
「こもって、よし!」にも書いていますが、肉体は必死に、けなげに、私を保とう、良くしようと働いていたのですね。
 そのことにふと気づいたのです。

 トラウマケアには、肉体からのメッセージを重視するやり方があるようです。

 肉体の反応に意識を向け、

心地いい人との距離を測ったり、

  安心できる姿勢を探ったり、

    その時本当は何がしたかったのか? 身体の動きから読み解いたり。

 すると、
今まで私を痛め付ける元凶だった肉体が、実は、私を守っていたんだ。

私がこれから楽な気持ちで過ごせるために、肉体はとてもアテになる。

 という思いを繰り返すようです。

 それは、自分への信頼を取り戻すということでもありますね。

 そうして、
思いと肉体が統合され、よりまとまりのある私に変化するのでしょう。

 自分を受け容れる。
心理的な面だけでなく、私たちには肉体を受け容れることも必要なようです。


※参考文献
『トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実践』
(パット・オグデン、ケクニ・ミントン、クレア・ペイン著 太田 茂行 監訳 星和書店)




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