幸福について考えています。

2014年03月28日

 2月に、NHKのEテレで4回ほど幸福学の番組がありました。

人は、どんな時に幸福だと感じるのか。
また、どんな要素がそろうと、人は幸福だと感じるのか。

科学的な研究が進んでいるようです。

私、幸福感というのがよく分かりません。
ここ何年かは、心地よいとか、OKとかの感覚は実感できるようになってきたのですが、

幸福ですか?
幸せですか?

 と訊かれても、はてさて・・・キョロキョロ
なのです。

 例えば、美味しいものを食べると、シアワセ~と言う人がいますが、
それは、私にとっては美味しい! であって、シアワセかどうかは考え込んじゃうんです。

 そもそも、
この美味しい! っていう風に、食べ物を落ち着いて味わうのも、この何年かでできるようになった気がしています。

 専門的には、感情鈍麻などと言われていることなのでしょうが、
ハッピーや心地よいというポジティブ感情をなるべく感じないようにしてきたからなのでしょう。

 感じると、その後の現実が余計にがつらくなるやら、自分の状況が情けなるやら、心が弱くなるような気がしていたからですね。

そんなこんなで、幸福について本を読んだり、世間を観察したりして学んでいるのですが、これがなかなか難しい。

 だって、
 平均寿命が80何年と聞くと、あと何十年も生きなきゃならないのガーン
と思ったり、
 人との関わりが、幸福の要因だと説明されると、一気に重苦しい気分になったりする私だからです。

 さて、幸福学の中で、印象に残るのは、1つは、人に親切にすると幸福を感じるというもの。
 環境的に自分より他人(親)を優先しないと生きていけなかったので、
人に親切にすること、つまりはその基礎となる人の思いを察する能力を鍛えてきた私ですが、
それによって、幸福を感じていたようなのですね。

 おかげで自分に優しくすると、妙な罪悪感を感じるのですが、それはそれ、幸福を感じていたという事実は間違いありません。
なるほど、だから社会で生きて来られたのかと妙に合点がいくのでした。

 もう1つは、幸福は連鎖する。または不幸は連鎖する。です。
幸福な人の周りには、幸福な人が集まる。その逆も然り。

 当事者のみならず市民運動のやり方として、自分たちの不幸を主張することで集う形があります。
不満でつながった集団とでも言いましょうか。

 一方で、こうすればよりよく生きられるとして、自分たちにできる幸福の作り方を共有する形の集団もあります。

 私や私たちは、どちらの連鎖を志向しているか?
自分と自分が属する集団を振り返るヒントがあるように思えます。

 幸福学。面白い学問です。


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