子ども扱いされて喜ぶ人はいないのです

2014年02月06日

 昨年の12月のことで恐縮なんですが、宮崎もやいの会さん主催の「へんけん・じんけん・にんげん」というイベントに参加してきました。

精神障害者の方がいわゆる当事者の立場から率直な意見を表明されました。

特に印象に残ったのは、子ども扱いされることと、それに対する怒りや悲しみ情けなさやらです。

 私も、
10年前から当事者活動をしていて、やはり一番気になるのが、この子ども扱いです。

当事者=子ども

 として扱う癖が、支援者、医療関係者、教育者、福祉職、親、はては当事者本人に
無意識のうちに染み込んでいるようです。

 では、
子ども扱いされたなぁ。と思うような言動はどんなものでしょう。

「この場合、どうしたらいいと思いますか?」
「どういうことか分かりますか?」
「忘れていることありませんか?」
 的な、まるで先生と生徒のような教育的会話。
 相手に考えされるよう、デザインされた言葉かけではあっても、その発想自体が相手を教育する上から目線ですね。

「よく頑張ったね」
「上手にできたね」
 的な、評価的会話。
 純粋な感想であったり、または相手をほめて、自尊心が高まるよう意図されているのかもしれませんが、評価は上から下すものですね。
評価を下す人は、評価を下される人を下に置いています。

 その他、
お金の管理を任せない。
ちゃん付け、君付けで呼ぶ。
 もあります。
今では改められたようですが、かつて老人介護の世界では、赤ちゃん言葉で利用者さんに呼びかけていたところもあるそうです。

 当事者を低く見る心理は、
どこの世界にもあるようですね。

 精神機能に障害があるのだから、高齢者だから、ひきこもりだから、年下だから、不登校児童生徒だから、子どもとして扱っていい。
自分は、それらではないから、上位の立場に決まっている。
 だから教育を施していい。指導していい。

 これらは全部、対人支援職のみに通じる神話です。

 だって、
世の中、子ども扱いされて喜ぶ人はいませんもの。



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