人を評価するときは慎重に。

2014年01月08日

 幾人かの研究者の方と話して知ったのですが、
ひきこもりや、不登校の研究者は、
 科学的根拠にもとづき、当事者のことを、

社会性がない。

 と評価しているようです。

 手順を踏んだ、客観的、合理的、科学的評価だから、こう言いきっていいようなのです。
それが、研究者の作法のようです。

 同じように、
コミュニケーション能力が無い。または低い。
 という評価もあるようです。

 だいぶ前ですが、自助グループのリーダーの集まりにはじめて参加した時、さんざん
 「成長してない」
 と言われたものでした。

 おしなべて、判で捺したように、この言葉を口にする先輩たちを前に、
「その発言自体が、さっきから成長してなくない?」
 と思ったものでした。

 だって、どういうところが、どう成長してないか、全然説明がないのです。
成長の道筋を示さず、ただ否定するだけ。

 これでは、依存症家族が、一方的に子どもにたいして
「お前は足りない!」
「お前がおかしい」
 ※つまり、依存症者と私の言う通りにするのが正しい。
と言い続けてきたあの頃と何にも変わっていないことになります。

 変化と成長を旗印にしながら、他者に否定的な評価を下すことを平然とするのに、
そんな自分を振り返ることは一切ない。
 おろかな依存症家族そのままだったのです。

 足りない点を指摘することは、成長の手助けになります。
どこに工夫をすれば私がより成長するかを明らかにしてくれるからです。

 この工夫点の指摘は、成長に役立ちますが、
評価、特に否定的な評価、さらにはそれを公言することは、
 その人の成長の役に立ちません。
自尊心を著しく傷つけ、成長のための意欲を激しくそぐからです。

 なによりもその行為は、一般的には侮辱と言われ、
望ましくない行為として知られています。

この人たちは、社会性がありません。
  あの人は、コミュニケーション能力がありません。
    あなたは、成長していません。学んでいません。
 皆さん、うちの子は、強迫神経症です。被害妄想です。人格障害です。

 これらについて、
科学的根拠があるかどうかは知りませんが、社会通念上、侮辱で間違いありませんね。

 だから、
 研究者をはじめ、当事者も、一般の人も、
誰かを評価する発言をするときは、侮辱しないよう慎重にした方がいいと思うのです。

 というか、他人様を評価できるほどの人っているのでしょうや?

 そんなことを思ったのでした。



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