ひきこもりと承諾 2

2013年05月30日

 前記事は、相手の承諾なしで、ネガティブに呼称することは、いわゆるレッテル貼りだということ。
そのことを、特に支援者は肝に銘じておかねばならないということ。
そして、承諾されるということは自己肯定感につながるということ。
 でした。

 今回は、承諾が行われたその瞬間を取り上げて考えてみます。

人がなにかを承諾する時は、およそ条件があります。
 これを、

あした学校に行くよね?
うん。

 という会話について考えてみます。

 この場合、
うん。
 の返事によって学校に行くことに承諾したと社会通念的には受け取られます。

 ですが、個人の内面的にはそうでないかもしれません。

 本当は学校に行きたくないけど、このままこの嫌な場面が続くのに耐えられないので、
自分の本心じゃないことを言うのはイケないことだけど、今ここでは「うん」と言うことを承諾しよう。

 学校に行くことは「うん」として承諾するけど、
行ったあと勉強したり、最後までいることは承諾してないよ。だってそうでもしないと嫌なこのままだもん。

 やっぱり学校に行かないとイケないから、行くべきだから、「うん」と言わなくちゃダメなんだ!
苦しいけど、頭ばボーッとしてきたけど、我慢して、ここで「うん」と言うことを承諾しよう。

 こんな気持ちで「うん」と言っている場合があります。

 なぜって?
 誰でもこんな経験あるでしょ。
 酒を控えましょうと言われたとき、忘れ物をしないようにと言われたとき、交差点一旦停止は1秒以上停止するようにと言われたときとか。

 承諾は、約束の一種です。
約束は、それを守るという責任が生じます。
 だからできれば、承諾をする前が最善なのですが、

社会的に承諾があったその時、
   社会通念的に承諾行為があった、
       社会常識的に承諾を取り付けた。
そのあとに、

 社会や他者からの要望のうち、私(たち)は、どの点を承諾しているか?

 どこまで承諾または受忍すると決めたか?

 そして、今後の取り引きや、人間関係を考慮してなど、
 どういう理由で承諾したのか?
 このあたりに思いをやることは、とても重要です。

 もし、
 自問するときは、自分の限界(承諾条件)を確認し、相手との無理しないいい関係を保つために。

 支援対象者などの相手の立場に立って考える場合は、承諾を強要してないか、
また承諾することによって生じる責任に応じた十分な説明をしているかを確認し、支援関係を壊さず維持強化するために。

この項、まだ続く。


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