私の中に他者がいるか?

2013年02月02日

 引き続いてTA・交流分析の話です。

 TAでは、自我状態といって、私の今ここでの状態には
「親・P」「成人・A」「子ども・C」の3種類があるね。と考えます。

 私たちは、「親」にいるとき、誰かのように考え感じ行動しています。
この状態での私の言動のおおもとは、「住所と電話番号を持つ誰か」であると言われたりもします。

 そして私は今まで大勢の人と関わってきました。
だから、
 私の「親」の中には、今まで私と付き合いのある大勢が入っている。ことになります。

 おかげで私たちは、無意識に大勢がするように考え、感じ、振る舞えます。
良識的な考えと一般的な価値観にもとづく感情を持ち、常識的な行動ができるのですね。
 そうして、その世界で、フツーと呼ばれる考え方、感じ方、行為がができるのです。

 一方、「成人」には、今まで私と付き合いのある誰かから教わったやり方が入っている。と言われています。

 例えば、お金の数え方、靴紐の結び方、バスの乗り方や、きまりきった行儀作法などです。
これらは、今ここでの現実的な課題をこなすのに役立ちます。

 例えば、恩師とニシタチで呑むときに、橘通2丁目でバスを降り、
靴紐を結び直して、財布のお金を数えた上で、恩師に挨拶するなんて時に、威力を発揮します。

 そして「子ども・C」は、本来自然な私ですね。私そのものと言ってもいいかもしれません。

 さて、この自我状態を図説するのには、いくつかの方法がありますが、今回は下記のような三重円を使います。
 「親・P」の円の外側は、社会とされています。
私は、私の「親・P」が社会と接触して交流していると考えます。
 「親・P」と社会は共通する部分が多いので、私は問題なく社会の中で生活できます。
 私の中に他者がいるか?
 今、この「親・P」があてにならなくなったとしたらどうでしょう。
私の中の常識が通用しない社会にいきなり放り込まれた状況です。
 つまりその社会では、今までの大勢がしてきたことが通用しないのです。
すると「親・P」は、無いも同然となってしまいます。

 そうすると、私は2番目の円「成人・A」で世界とつながることになります。
「成人」には、パターン化されたやり方が入っています。
 だから、社会との交流が、手順通りで、杓子定規にパターン化されたものになります。

 私の常識が通用しない社会に怯えながら、
普通の人がやっているような適切な反応を探し出す
と、拙著「こもって、よし!」35ページにこう書きました。

 このように、こわばった思考だからだからなおさら
 交流の仕方に融通が利かせられず、より、しゃっちょこばった交流のパターンを繰り返します。
 空気を読めない、いつまでたっても他人行儀な印象があるかもしれません。
関係に対するあんばいの感覚が分からないのです。

 では、「親」をもう一度機能させるにはどうしたらいいでしょうか。
社会と交流することがなによりですね。大勢の人と交流しながら、その社会の常識を「親」に取り込むのです。
 そうしたらまた、それほどの抵抗なく社会でやっていけるようになります。

 だって、私の「親・P」には、今いる社会大勢が入っているんだもの。



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世界からやって来る!!
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