思いをやるということ

2012年11月09日

 たまには告知以外の記事も書きますさ。拍手

 いろいろな方と、人と人との関わり方についてでお話します。
もっぱら、友人とか、親子とか、仕事関係での、関わり方ですね。
 確かに苦労する点です。私もその1人キョロキョロ

 さて、そのお話しの中で、気になるのことが1つあります。

多くの人が、相手の立場に立って考えていないってことです。

その現れとして、
 相手の話の概要を聞いただけで、
 または、早々に「要するにこういうことでしょ」と自分なりの結論を出して、
それにもとづいて相手にアドバイスしたりしています。
 ときによっては、話すら聞かず、なんやかや言うてる場合もありますね。

 これ、自分の立場にだけ立った聞き方であり、考え方であり、助言の仕方ですね。

 相手のおかれた状況に身を置いて、
  相手が考えたように考えて、
   相手の感じたような気持になって、
 それから導き出されたアドバイスではありません。

そのために、
 相手にしてみたら、一方的に(分かった風な)アドバイスされてる感じです。
だって、自分のことを分かってもらっている気がしないもん。

人のこと分かってない癖に、知った風なこと言うな!
 という気分になることもありましょう。

 「思いやり」という言葉があります。思いを遣る(やる)と書くのでしょうか。

 相手に、私の思いを遣って(やって)、相手の立場になっていろいろ思ってみる。
お互いに信頼しあえる関わりの始まりは、ここからのようです。

 相手に思いを遣る。
おためしあれ。



同じカテゴリー(心理・カウンセリング)の記事画像
【告知】精神疾患を抱える親を持つ子どもの支援についての研修会のお知らせ
【告知】子どもの支援職向け研修会のお知らせ
自己理解のためのジョハリの窓 補足
【告知】 読んだり書いたりする時の困り感についての講演会
同じカテゴリー(心理・カウンセリング)の記事
 黙ってしまうのは心を閉ざすだけじゃなく頭を閉ざすからもあるような話 (2020-08-08 06:00)
 トラウマと罪の意識と宗教と (2020-08-04 06:00)
 トラウマを負うと恥を感じるとあるけれど (2020-07-30 06:00)
 発達障害は発達するチャンスが障害されているのかもしれない話 (2020-07-18 06:00)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
思いをやるということ
    コメント(0)