幼いころに与えられなかったものがもたらしたトラウマの話

2020年08月24日

事故や事件、病気、ケガ、喪失体験、ショック体験などにより、

今までの安心、

安全、

日常、

人間関係、

財産、

など、すでに手にしていたものを失うことにより、

トラウマが生じることがあります。

一方で、
トラウマを負うと言われている幼い頃の虐待などの逆境的小児期体験(ACE)では、

そもそも安全や安心や良い人間関係などが与えられていない場合が少なくないようです。

そもそも、人とつながりを持つことを知らない。
そもそも、食事の歓びを知らない。
そもそも、傷み・痛みをいやしてもらうことを知らない。

この場合は、失うというより、

欠如、欠乏と言った方がいいようです。

親から労われる体験が欠けている。
親と心を通ずる体験が欠けている。
親から育まれる体験が乏しい。

欠如体験。
欠乏体験。

与えられなかったんだ。

恵まれていなかったんだ。

ということを後になって知るとき、

心の痛み、身体の痛みを感じるかと思います。

悲しみの感情も。

それは、失っていた感情の1つです。

悲しい、

痛い、

と感じる体験すら与えられなかった。

与えるという言い方をするならば、
これらは、
幼児期虐待・逆境体験が与えるものとなるでしょう。

なんか不足している感じ

なんとなく(自分自身に)しっくりこない感じ

自分には何かしらフツーと違って欠陥があるような、欠落があるような感じ、
ふとさびしくなったり、悲しくなったり、身体の中に空白があるような感じ、
を持つとき、

その感覚は、
自己不全感、空虚感などと言われますが、

与えられるべきものが与えられなかったのだから、
自分には何か不足している何かがあると直感的に感じるのは自然です。

大人の今の自己不全感、空虚感は、
幼児期虐待、逆境的小児期体験が与えるものの一つのようです。