ひきこもりフォーラム2019夏2 居場所のこと

2020年01月13日

居場所というのがあります。

ひきこもりや不登校始め、自分の居場所がないなぁと思っている人が、
利益を得るのに効果的とされています。

だから、全国津々浦々に居場所を設置しようと頑張る運動があります。

でも、私聞風坊と当事者の多くは知っています。

居場所で傷つく当事者がいることを。

必ずいさかいが起きることを。

居場所にも行けない当事者がいることを。

その事でまた悩みが深くなり、いよいよ社会にも出なくなる場合があることを。

誰でも安心していられる居場所。

夢のような居場所。

は世の中にないことを。

そして、
そんなこんな思いを胸に、

居場所できました!
のチラシを見たとイメージしてみたところ、

どうにも行く気にはならないだろうこと。

何かしてもいい、何もしなくてもいい。
のなら、家にいるわ。と思うだろうこと。

友達みつかるよ。の誘い文句なら、
いらんし。
と思いそうなこと。

を予想するのでした。

さて、フォーラムの議論では、
支援というのは、
社会復帰つまり復学進学就労を最終的に目指していることを前提としているので、

居場所の効果の評価については、
復学進学就労した数が多い方が居場所の評価が高いとなる。
運営資金も得やすい。社会的評価も高くなる。

こんなことから、
当事者側から、
居場所開設者の意図に応えねばならない場としての居場所である懸念が提示されました。

有り体に言えば、
何かさせられそう。
居場所での居方(どのようにして過ごすべきか)を強要されそう。
と言う懸念です。

居場所を設置したい人の話しぶりを聞いた当事者の人は、
誰か(社会・親・支援者)の思惑どおりにせねばならないという臭いを感じ取ったようです。

そういうものから撤退して、心の安全を得ているひきこもり当事者が、そんな場に行くわけないよ。
もし、そういう魂胆を隠して、明るい居場所を喧伝するならば、それは当事者を欺く行為だ。
という思いを私聞風坊は感じました。

でも、フォーラムのその場に、
こんな、当事者としてはありきたりの思いも、感じ取れる支援者はいませんでした。
初めて聞いた感じ。

当事者同士集まれば、明るく元気に楽しくやれる。
そんな幻想をまだ持っているのかもしれません。

当事者感覚への無理解を再確認したのでした。

そうして最終的には、

親・家族は家庭の外に我が子の居場所を作ろうと頑張るのだけど、
なぜ、家庭の内に我が子の居場所を作ろうとしないのか?
それは自分たちの居場所と共有するのだけど。

という疑問を持ったのでした。

なぜなんだ?


当日配付資料P5


  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)ひきこもる発達障害不登校