当事者活動で本名を伏せる話

2019年03月30日

 自助グループの多くがそうであるように、

 私も当事者活動・自助活動する場合は、本名を伏せてペンネームの聞風坊でやっています。

 自助グループが実名でなくアノニマスネームとよばれるニックネームで活動するのは、

 名にまつわるしがらみ、責任、思い、重さ、から自由になって、

 素の自分と向き合うために。

 という意味があります。

 そしてまた、

 実名というプライベートな情報を口にすることの影響に配慮してです。

 こん人は、あん会社の社長さんげな。そこの偉い社長さんがこんげなこつになっちょるげな。
 共通語訳:この人は、あの会社の社長さんなんだ。そんな偉い人がこんなことをやっているとは驚きだ。あの会社は大丈夫だろうか。

 こん人ん親は、人に対してはいっちょ前のことばっかいいっちょるけど、我が子んこつはなんもしちょらんが。
 共通語訳:この人の親は、人様に対してはたいそう立派ななことを言っているが、それに比べて自分の子どものことはまったくなにも心配りしていない。

 と、つい誰かの話、何かの話になってしまって、

 自助グループの本質である
 自分と向き合い、自分の課題に取り組むという作業が滞ってしますからです。

 下手をすると噂話が世間に広まってしまう。

 だから、匿名。アノニマスネーム。

 私聞風坊がこもったいきさつから親子関係は切り離せません。
 私は私の課題に取り組むために、親との関係をいいも悪いも振り返る必要があります。

 その成果が誰かの役に立つのであれば、経験をお話します。
 そんな思いで本を書いたり、ブログを書いたり、講演したりしています。

 そしてそれによって、親や親族、これまで関わった人たちへの悪い影響が及ばないように。

 あんたんげー息子さんな、ひきこもりやったげな。あんたたちんせいでこうなったっち言いよったよ。
 共通語訳:あなたのうちの息子さんは、ひきこもりだったんだって。あなたたちのせいでひきこもりになったって言ってましたよ。

 ○○さんちの息子さんな、ひきこもりげな。昔っかい、なんか変じゃったもんね。やっぱいじゃ。あん人たちならじゃわ。
 共通語訳:○○さんちの息子さんは、ひきこもりだって。そういえば昔から、何か変な感じがしてたよね。やっぱりだ。あの親たちなら分かるな。

 なんて言われないように。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)自助グループ

健康と病気の間の人がとっても多いんじゃないかと思う話

2019年03月25日

落ち込むことはあるけれど、
うれしいことがあってテンションが高くなることもあるけれど、

だからといって身動きが取れなくなったり、
衝動買いして暮らしが成り立たなくなったりせず、

ケガしたり、体調が悪いときもあったりするけれど、
それなりに学校行ったり働いたり、誰かと関わったりして生活できている。

そんな状態を健康だとして、
その逆の状態、つまり心や身体の不調で暮らすことが難しくなった状態を
病気だとするならば、

健康ではないけど、
だからといってなんとか暮らしているから病気ってほどでもない。

病院に行っても、様子見ましょう。
なにかあったら来て下さいと言われるような状態。

健康でもないけど病気でもない状態。

漢方では未病というのかしら。

発達障害関係では、グレーゾーンという言い方がよくされるけど。

とにかく、
不健康なんだけど、医学的な病気の条件には当てはまらない状態。

そんな人、
たくさんいるように思えるのです。

ホントにたくさん。

経済の世界では、
富裕層、貧困層、中間層。
と富の多さで人を3種類に分けるようです。

そして、経済動向の鍵を握るのが中間層。

同じように健康にも中間層がいるように思えます。

世界の健康の鍵を握るのが中間層。

中間層がより心と身体が楽な状態で暮らせるようになれば、
世界の健康度は上がるんじゃないか。
と思ったのでした。

病気には当てはまらないけど健康とも言えない
健康的中間層の話でした。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)社会のこと

ほめてもムダな人の話

2019年03月20日

 自己肯定感や自尊心などを高めるために、

 最近大ブームの「ほめる!」ですが、

 こもっている人の中には、

 ほめてもほめても自己肯定感や自尊心が高まらない人がいます。

 この時、
 自己肯定感が低いからこもっているんだ! と判断した支援者は、

 肯定的な面を強調し、いい評価を与え、
 つまり、ほめます!

 支援者の意地にかけて。

 でも、
 何年も辛抱強く、諦め悪く、ほめ続けても、
 徒労に終わることが少なくありません。

 なぜなら、ほめられる本人が望んでいないからです。

 ほめられることを。

 肯定的な評価を。

 プラスのストロークを。

 自己肯定感が強いと言うより、自己否定感が強いからかもしれません。

 だから、肯定的なメッセージを受け付けないのでしょう。

 試みに、否定的なコメントを言うとたいがい受け付けます。

 そうね、それもできなかったね。あぁ、あれ嫌だったね。それ、嫌いでしょ。

 否定的なコメントについては肯定することは少なくありません。

 ひょっとしたら、否定形の評価ならいいのかもしれません。

 短気ではない。サボらない。ケガをしない。

 逆に、
 辛抱強い。責任感が強い。健康だ。

 という風に肯定的な表現は好まないかもしれません。

 事実の否定的な面にのみ注目する。

 できないことについてだけ意識を向ける。

 嫌な気持ちだけ感じ取る。

 そんな、心の状態でいる人は、

 客観的な評価、社会からの評価がいくら肯定的であっても、

 意味をなしません。

 心に響かないのでしょう。

 一方で、否定的な評価ならば受け容れます。

 自己評価と一致するからでしょう。

 否定的な自己評価に囚われている状態。

 だと、ほめるのはムダ。

 と言うより、

 ほめられるとその反動で、
 いっそう否定的な自己評価が高まる気がします。

 いいや、そんなもんじゃない。もっと自分は悪いんだ!

 って感じで。

 そう、逆効果!

 なんでもほめれば丸く収まる。

 支援がうまくいく。

 なんて安直な思い込みは捨てた方がいいように思っています。
  


寄りそっちゃダメな話

2019年03月15日

 一般的に、
 誰かを支援する際には、相手に寄りそうことが大事とされています。

 だから、
 支援職は、まず寄りそいます。

 そして、寄りそいます。

 なにがあっても、寄りそいます。

 やっぱり、寄りそいます。

 いつでも、寄りそいます。

 どうしても、寄りそいます。

 それしかやっちゃいけないかのように、

 寄りそいます。

 寄りそわねばならない!

 という呪いをかけられているように。

 否定もせず、肯定して、受容して、傷つけないように、厳しいこと言わないように、

 ほんとは病気なんだけど、その事を言わないように。
 
 ほんとは学力が足りないのだけど、それを言わないように。

 ほんとはそっちの方向だとうまくいかないんだけど、それは言わないように。

 相手の気持ちに寄りそいます。

 そして、状況に変化が起きない。ずっと、今のまま。何年も一緒。

 なんてことは割とありがち。

 こんな風になること、
 特に、ひきこもりや不登校系の支援場面では多い感じがしています。

 それゆえ、
 今ここで、相手の気持ちや行動に共感し、支持し、応援することが、

 人から助力が受けられる可能性を閉ざすことに、
 協力することにならないか?

 結果的に、
 支援者である自分の寄りそいが、
 心や身体の健康を害することに協力することにならないか?

 と、
 寄りそい・共感を批判的に考え直してみることは重要に思えます。

 例えば、
 ひきこもることで、安全を確保し、自分の心や身体を守っている場合、
 数十年これをやっているとデメリットの方が上回るようになります。

 動かないと身体は働きが悪くなります。
 また、
 社会と関わらなないと孤立により他者からの手助けも得られなくなるからです。
 ※自分がここにいる事を知っている人がとても少なくなる。

 それは、心と身体の健康を害することにつながります。

 だから、
 こんな状態になっている時、そうなりそうな予測ができるとき、
 ありきたりに共感、受容しちゃダメなんです。

 もし、ありきたりに共感受容すると、
 相手は、今のままでイイんだ、今のやり方しかないんだと思っちゃうことになりがちだからです。

 だから、
 支援する人の責任として、

 今後のリスクなり、予想されるデメリットなり、

 今のやり方以外の方法なり、

 を伝える必要はあると思っています。
 ※説明責任なんていわれてます。

 それは、
 相手が自分を否定されたと思うリスクをはらんでいます。

 それでも、伝えねばならないと思っています。

 それが、責務だからです。 
 ※支援職としておまんまくってる人は特にそうですね。

 傷つけないように、傷つかないように、当たらず障らずで、

 相手の自己回復をひたすら待つ。

 という関わり方は、この責務を果たしてないかもしれません。

 回復する力が弱っている相手には、
 こちら(支援する人)の助力が強く要されるというのは事の道理。

 だからとりわけ、
 支援職は、腰の抜けた寄りそいじゃなくて、

 腰のすわった、リスクを引き受けた寄りそい方が求められているように思えます。

 相手の困難の度合いが強ければ強いほど。

 支援する人には、心の強さ・タフネスが必要なようです。

   


眠れないのは、眠ることが恐怖だからかもしれない話

2019年03月10日

 寝入りが難しい。床に入って数時間眠りにつけないこともある。

 寝ても1~2時間で起きてしまう。

 朝、とんでもなく早く起きてしまう。

 いつも眠たい。なんだかすぐ眠くなる。ときにたまらなく眠くなる。

 と言う状態がフツーの状態になっている人は少なくないようです。

 ひきこもりで有名な昼夜逆転生活も、ある意味眠りの問題です。

 さて、この眠りの問題、

 人間は、起きたら数時間後に眠くなると言うリズムを持っています。

 このリズムが乱れることで眠りの問題が起きることがあります。

 この場合は生活リズムを整えることで対処します。

 同じ時間に起きて、同じ時間に食事して、同じ時間に仕事して、運動して、入浴して、同じ時間に眠くなってみたいに。 

 一方で、
 気持ちの問題から眠りの問題を抱える場合もあります。

 緊張が続いているとよい眠りが取れません。

 悩みごとが多く、深く、気になってしょうがないと、おちおち寝ていられないからです。

 考え事をして寝入りが悪くなり、

 気が安らいだ状態で寝入ってないので、ほどなく起きる。

 ときに悪夢を見て起きる。

 そんなこんなで朝早く起きてしまう。

 または、
 眠ることがとっても怖いから眠れない、眠りたくないという場合もあるようです。

 眠った状態は一番無防備な状態です。

 意識を無くすので、周囲を警戒することができません。

 少しでも警戒しておくために、気を高ぶらせた状態で眠りにつかねばなりません。

 いざというときにすぐ行動できるように、緊張を保ったまま眠らねばなりません。

 自分の安全のために。

 眠ることに抵抗がある。

 リラックス、心を安らげることに恐怖を感じる。

 そんな眠りの問題を抱えた人も少なくないようです。

 きっと薬は効きづらいでしょう。

 薬で眠ったら怖いことが起きそうなんだもの。

 自分の眠りの問題のパターンを知ることは大切です。



  
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