ひきこもりフォーラム2019夏10 end 自己肯定感とか若者、高齢のこと

2020年02月06日

ひきこもり支援は、いろいろな主張に振り回されている。

それで一番迷惑を被っているのが、こもる本人と家族だ。

という主張をフォーラムで主張しました。

どんな主張に振り回されているかというと、

そもそも、
ひきこもりは「若者」だ!
と言う主張。

若い人もいます。
そして壮年の人もいるんです。以前から。

忘れられた壮年者の反抗か、
現在、8050として高齢問題に熱狂していますが、
忘れてはなりません。
やっぱり若い人もいます。
幼い人もいるでしょう。

人は、
老若男女こもります。

自己肯定感が低い。
という主張もあります。
だから高めよう。
そのためにほめよう。

でも自己肯定感が低いのは肯定しないんです。この主張をする人たちは。
高くないといけないみたいです。この主張をする人たちは。

そもそも機械じゃないんだから、
スイッチを押せばメーターが上がる的に、
ほめれば上がる。
というほど人は簡単じゃないのに。

と思っています。

自分がやりたいことをやって成果を出したのなら、ほめられるとうれしいし次も頑張ろうと思う。
けど、
やりたくないことをしんどい思いでやって成果を出して、それをほめられてもしんどい気持ちの方が上回る。
もっと頑張らないといけないの。やりたくないことをやらないとならないの。こんなにしんどいのに。
なんて思うのは一般的じゃないかしら。

そもそも、外に出る行動とか、周りの人が望む行動を強化するために、
これといってほめることもないのに頑張って見つけてほめるなんて不誠実。

そんな風に思っています。

同様な雰囲気で、以前「待つ」というのもありました。
みんなが待っていた。
その挙げ句が8050問題での、ひきこもり160万人かもしれませんね。


当日配付資料p3


  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)発達障害不登校

ひきこもりフォーラム2019夏9 ひきこもり支援の課題のこと

2020年02月03日

フォーラムでの聞風坊の発表では、
ひきこもり支援の歴史、つまり、
こもる人がどのように劣った人として扱われてきたかの過去の歴史を振り返ることが主軸でしたが、

それらを踏まえた、今後の支援の課題提示というか提案もしてみました。

1つ目は、
トラウマケアの視点から支援するということです。
こもる人はなにかしらのトラウマを負っていて、
その影響からひきこもり問題が起きていると思われるので、
トラウマケアの知識とスキルは支援者にとって必須と考えるからです。

2つ目は、
親世代のケアです。
一般論常識的に、こもる人のケアをする人として親を設定していますが、
現実的にその重責は担えません。
だって、親自身が疲弊しているからです。
誰かの世話が焼ける心と身体の状態ではないからです。
なので、
支援に当たっては、まず親・家族のケアからです。

3つ目は、
支援者の力不足です。
力が足りていれば8050問題は起きませんでした。
ゆえに、
支援者支援制度の確立が必要です。

見立てる力や、関わる力、他の支援とつなげ、協力して支援していく力。
いずれも不足しているように思えます。
これらを向上させることが急務です。

当日配付資料p5,6





  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)発達障害トラウマ不登校

ひきこもりフォーラム2019夏8 ひきこもり初発年齢のこと

2020年01月31日

医療や心理の専門家からの新しい視点として、

ひきこもりが始まった年齢。
によって、支援の力点を考える。

と言うのがあります。

心や身体の病気などは必ず考慮しつつ、

ひきこもり始めた時期が、
小学生ならば、集団適応が課題だったか?

中学生ならば、思春期特有の問題か?

就職前ならば?

社会人になってからならば?

中年期にさしかかってからならば?

これを、
他人の中でやっていける力。
の視点で見ると、

中年期頃に初めてこもりだしたのならば、
それまでいろいろ苦労はあったにしてもなんとか他人の中でやってこれていた。
と考えます。

にも関わらず、他人と関わることから撤退するのならば、関係を作る能力よりも、
自身の肉体の衰えや、精神的不調、家族の看護介護、再就職の難しさ、などがこもる主な要因ではないかと見立てます。

一方で、10代前後の頃ならば、成長過程での課題にうまく取り組めないことから、
他人と関わることから撤退したのではないかと考えます。

前者は、医療や今の状態で暮らしていけるようになる支援が有益でしょう。
後者は、社会的な関わりにより、他人の中でやっていく経験を重ね、スキルを身につけることが有益でしょう。

こんな風な視点です。
社会をあまり知らない10代のこもる人の支援と、社会を知っている50代の人の支援を、
同じやり方でやるのは直感的におかしいというのは誰しも分かるはず。

フォーラムでは、深掘りしませんでしたが、
支援者養成では肝心要となる予感です。

当日配付資料p1

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)発達障害不登校

ひきこもりフォーラム2019夏7 期待のこと

2020年01月28日

居場所の議論の関連で、

期待に応える応えないで意見交換がありました。

支援者の期待に応えなくていい場として居場所はある。
と言いながら、
社会性の獲得とか、そこを拠点にして社会参加するきっかけとなる。
とかの期待が居場所には実は込められているよ。
みたいなやりとりのときでした。

親の人は我が子の重圧となるので、
期待しないようにしている人が多いらしいのです。

でも、私聞風坊が、
期待されない人生もつらいものがあると言えば、

じゃ、期待していいの?
と戸惑いが走りました。

期待するしないのどちらか一方しかない。のではないんです。

どの程度期待するか?

期待するにしても、
期待に応えなくてもイイという前提で期待する。
と言うことなんです。

これが難しいようです。
親には。

そして一番大事なのは、
期待に応えるか応えないか。
どの程度応えるか、
どの期待に応えるか。
は子が決めるってこと。

この境界が分からないようです。
親は。

ちなみに、
誰からの期待か?

で期待に応える気持ちは大きく左右されますね。
好きな人の期待には応えたいし、
嫌いな人ならそもそも聞く耳持たないかも。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)発達障害不登校

ひきこもりフォーラム2019夏6 福祉臭のこと

2020年01月25日

ある当事者が、望まぬ支援として「福祉臭のする支援」という言葉を使ったそうです。

これが、全国結構な話題になっているんです。

当事者ならば感覚としてなんとなく分かります。

でも、支援者、特に福祉系の支援者は戸惑っているようです。

だって、自然と職業特有の臭いはするようになるし、それがするようになって一人前だもの。

フォーラムでは、意味ワカラン。感じでしたが、

私聞風坊は、
きっと「してあげる」感覚での支援のことだろうと予想しています。
それは、当事者を「劣った人」とみなしての関わりです。

昭和の頃の福祉的支援はこの臭いは強かったのかもしれません。
それを喜んでいる当事者も少なくなかったのかもしれません。

でも、それは自分たちを馬鹿にしていることに気づいた当事者たちが、
改善を求め、当事者の権利に配慮した関わりが強く求められるようになってきた
令和の現在です。

だいぶ、当事者の尊厳を尊重した関わりがなされるようになってきたはずですが、
まだまだ足りなかったか、
ひきこもり当事者については、前時代的な関わりが当たり前だったのかもしれませんね。

私聞風坊は、支援らしい支援を受けたことがないので、この経験はありません。
と言うか、
当事者の人権を尊重する支援とはどんな風なものか?
を熱く議論し取り組む支援者と関わることが多かったので、福祉臭の強い支援には縁遠いようです。

当日配付資料p5


  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)発達障害不登校