2017年08月22日

トラウマケアのこと 4 自助グループ

 効果的なトラウマケアについて、自分の体験と照らし合わせてみるシリーズです。

 前々回は少林寺拳法体験。
 前回は、演劇体験です。
 今回は、自助グループです。 

 人間関係でトラウマを負うと破壊されるのが人への信頼感です。

 だから、人に相談しない。治療を受けない。一人で生きていく。

 傷は癒えないまま、生きづらさが増していく展開です。

 30代になって、自分の生きづらさの根源が家族関係にあるとしぶしぶながら認めた私は、

 同じような思いをしている人たちの集まりである自助グループに参加するようになりました。

 そこは、ただ話して、聞いて、帰る。
 と言うシンプルな活動をしているグループでしたが、

 それが一番安心できて、いちばんちょうど良くて、だからありがたかったのを覚えています。

 役目を強く求められない。

 それでいて、その場にいることを歓迎されている。

 素直な自分の体験を口にするだけで、感謝され、みんなの役に立つ。
 
 そんな、とても珍しい場。人間関係でした。

 子どもであるために負わねばならなかった重責、

 屈辱、無力感、頑張り、まわりから期待される私らしさなどなど、

 周囲の大人からいろいろ求められて大きくなった私は、役目を担わされることにほとほと嫌気がさしていたのでした。

 人生を諦めるほどに。

 そんな役目感がない。

 あるとしたなら、自分を癒す役目ぐらい。

 まずはそれ。

 自己犠牲しない。
 まず自分のことをする。
 よく指摘された点です。

 自分を生きる。それが一番重視されていた場。人間関係。

 そんな関係によって育まれた仲間に対する信頼感、思いやり感。

 破壊された人間への信頼感を取り戻す作業は、仲間とともになされました。

 トラウマケアにあっては、他者とのつながりを再構築することがとても重要です。
 トラウマを負わない体験、心が癒される体験をたくさん経験できることがなにより重要なのです。
 リソースなんて言います。

 こう考えると、
 私にとっての自助グループは、まさしくトラウマケアでした。
 
参考:身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
 ( べッセル・ヴァン・デア・コーク著 柴田裕之訳 紀伊國屋書店 2016)

  


2017年08月19日

トラウマケアのこと 3 演劇

 トラウマケアについて自分の体験と照らし合わせてみるシリーズです。

 前回は少林寺拳法体験。
 今回は、演劇体験です。

 中学生の頃、アニメ同好会を作ったり、同人誌を作ったりしたアニメマニアなので、

 声アテという演劇は日頃から慣れたものだった私聞風坊ですが、

 30代になって、演劇ワークショップに参加したのでした。

 舞台役者さんの指導のもと、寸劇に取り組んだのですが、これがすこぶるオモシロく、とってもいい経験になったのでした。

 トラウマを負うと、自分の気持ちや自分の考えなどを言葉にしづらくなります。

 言葉をつかさどる脳機能が働きづらくなることも影響しているでしょうし、

 自分を表出したくないという心理も影響しているでしょうね。

 ところが、誰かの立場に立って、その人の思いや考えを口にすることは割とやりやすいんです。

 もしその誰かが、自分と似ているとしたら?

 それは、自分を代弁することと言っていい。

 演劇は、その機会を提供します。

 私が体験したのは、自分で選んだ配役で、詩を朗読をするというもの。
 その役になりきって、情感を込めて朗読します。

 情感の込め方について、身体の感覚を大切にするようよく指導受けました。

 その役は、大きい人? 小さい人?
 背中を丸めている? 上を向いている? その時どんな気持ち? どんな体勢?

 声を出す前に、まずそんな身体の状態をチェックします。

 同時に気持ちも。

 つまり、心と身体の調和を意識するのですね。

 調和がとれた段階で初めて声を出す。朗読するのです。

 うつむいた姿勢では元気のいい声が出ないこと。

 喜び讃える気持ちのときは、胸を張り顔が上を向いていること。

 力一杯何かを訴える時は、両足を踏ん張ると気持ちがこもること。

 いろいろ学びました。

 演劇ワークショップは、トラウマケアに効果があるそうです。

 私は、自分の心と身体の連携を学び、自分の身体の感覚を、気持ちと関連付けて言葉にできるようになりました。

 それまでバラバラだった心と身体と言葉を、連動させて表現できるようになったのです。

 今の自分の状態を感じ、言葉にすることができるようになること。

 それは、トラウマを負った人が苦手にしているところの、
 自己理解と自己受容ができるようになったということ。
 
 私にとっての演劇ワークショップは、まちがいなくトラウマケアでした。

参考:身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
 ( べッセル・ヴァン・デア・コーク著 柴田裕之訳 紀伊國屋書店 2016)

  


2017年08月16日

トラウマケアのこと 2 少林寺拳法

 運動音痴の私聞風坊は、10代の頃、一念発起して少林寺拳法を始めたのでした。

 覚えの悪い私に、
 先生や先輩や同輩が文字通り手取り足取り根気強く関わってくれたおかげで、少しずつ技を身につけていくことができました。

 特に一番指導されたのが体重移動でした。

 今どこに体重がかかっているか?

 これが肝心かなめ。

 足の裏? 右足? 左足? 爪先の方? 踵の方? 内側? 外側?
 細かくチェックする毎日が続きました。

 次が、
 こぶしをしっかり握っているか?
 足の指はしっかり反っているか?
 呼吸と動作が調和しているか?
 右手の動作と左手の動作が連動しているか?

 自分の体感覚を瞬時に感じ取りながら技を繰り出す練習です。

 そして究極、
 相手はどの方向に力を加えているか?
 という風に、相手の感覚も感じ取れるように練習しました。

 これらの練習を毎日毎日何時間も繰り返すことで、

 自分が何を感じているか?

 今の自分の身体の状態はどんなか?

 今の体勢はどんな状態か?

 以前より、敏感に分かるようになりました。

 さらに加えて、
 腹に力を込める練習もたっぷりやりました。

 どっしりと構えつつ人と対峙する。物事に取り組む。

 格闘という戦いの場、恐怖・脅威の場にいて、その中でやっていく。

 そんな経験を、重ねていきました。

 おかげで、対立場面で人と関わる自信がつきました。

 またさらに、関節技で降参する練習もするんです。
 これは、降参しても安全だと言うことを体験することになりました。

 それまで降参は安全の崩壊を意味していましたが、それだけではないのですね。
 降参すれば許してもらえる経験をたくさんしました。もちろん私もたくさん許しました。

 そんなこんなで逃げる感覚も覚えたんです。

 全体として闘い方を覚えた。そんな感じでしょうか。
 それは、裏を返すと闘わないことも覚えたことになります。

 ホント闘うって大変なんです。疲れるんです。リスク高いんです。
 だから闘わない解決方法を探る。そんな気持になりました。

 これらのことをトラウマケアの視点から考えると、

 闘争と逃走という自分の安全を確保するための能力を開発したとなるようです。

 さて、
 人間関係でトラウマを負うと人間と関わることが苦手になります。

 だからケアが受けられず、傷も癒えにくくなります。

 私にとって少林寺拳法は、身体との対話、調和、連動の仕方を学ぶとともに、
 その過程で人とのふれ合い、信頼・協調を学んだ貴重な経験でした。

 それは間違いなくトラウマケアなのでした。

参考:身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
 ( べッセル・ヴァン・デア・コーク著 柴田裕之訳 紀伊國屋書店 2016)

  


2017年08月13日

トラウマケアのこと 1 身体

 身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
 ( べッセル・ヴァン・デア・コーク著 柴田裕之訳 紀伊國屋書店 2016)

 を読んで、自分がこれまでやってきたことと照らし合わせてみるシリーズです。

 心に傷(心的トラウマ)を負うと、様々な問題が起こります。

 身体との関係が悪くなります。

 幼少期から受傷した、受傷し続けたとすると、身体とのよい関係が築けなくなります。

 どういうことかというと、

 トラウマを負うと、

 ふとしたきっかけで、トラウマを負った体験のまっただ中に放り込まれます。

 過去の恐怖・驚愕・脅威を面前にした体験を、

 今ここで再体験しているその時、身体は当時の状況を再現します。

 自分の身に何が起きているのかまったく分かりません。

 身体は自分の思う通りに動きません。

 それは、いつ起きるか予測がつきません。

 日常ありがちないろいろな音や匂いや味や香りや景色や話題や人の表情や熱い寒い身体に触れる感じなどなどが、
 きっかけとなって、そんな状態に陥るからです。

 フラッシュバックとも言われるこの状態、

 トラウマを負った人は、この状態にいつなるか予測がつかない不安と緊張の中で暮らしています。

 だから、1日、日常を送ることだけでひどく心身を消耗してしまいます。

 そんな状態を改善するために効果的なことは、身体の状態を感じ取ることのようです。

 今自分が、どんな感覚でいるのか? 

 そこに意識を向けることで、フラッシュバックのパニック状態から少し距離が置けるようになるようです。

 脚の裏を床に着けて、床からの圧力を感じる。

 背筋を伸ばして椅子に坐り、座面の感覚や、お腹に力が入る感覚を感じる。

 身体の感覚に意識を向けることで、身体とよく対話できるようになるようです。

 そうしたら、身体が何をしたいかの予測がつく。

 肩周りがこわばっているのでぐるぐる回してほぐしたい。

 胸の辺りが重く凹んでいるので、胸を張って息を深く吸いたい。

 前に手を伸ばして、NO! と言いたい。

 とか。

 身体アプローチと言って、トラウマケアでは、身体感覚をとても大事にします。

 私聞風坊の身体アプローチの最初の出会いは、10代の頃に始めた少林寺拳法でした。

 運動音痴の私は覚えはものすごく悪かった。

 運動音痴。
 今にして思えば納得がいきます。
 身体の感覚にうとかったからです。
 感覚に圧倒されそうだったから、身体感覚を感じないようにしていたからかもしれません。
 身体に関心を持たない。身体を大切にしない。そういう言い方もできるかもしれません。

 そんな私に、
 先生や先輩や同輩は根気強く関わってくれて、年月をかけると私もそれなりにできるようになってきました。

 その話は次回。
  


2017年05月22日

車の運転が嫌いなこと

 私聞風坊は、車の運転が大っ嫌いなんです。

 運転が下手というわけではなく、フツーです。

 同乗者がパニクることもないのでどちらかというとスムースなドライビングらしいです。

 でも、嫌なんです。

 車の運転と聞くだけで落ち込みます。

 胸のあたりがズーンと重くなります。

 一方で、自転車は楽しいんです。もちろん原付も。

 自分のもの。

 そんな気持ちが強いのです。

 自動車免許を取るのも1年ぐらいかかっています。
 仮免で何回も落ちてます。

 嫌なんです。

 心底嫌なんです。

 この30年ずっと。

 先日、ふと思い至りました。

 あ、親のものだからだ。

 ・・・。

 そうなんです。わたしにとって車って、親のものだったんです。

 親のものを使っちゃいけない。

 親のものに触れたくない。

 親のものが嫌い。

 そんな思いなのでしょう。

 一方で、自転車系は私のもの。

 だから楽しい。自転車系でどこにでも行きたい。

 この、車は親のものという認知。
 親の車だけではなく、あらゆる自分の所有していない車に当てはめています。
 一般化と言います。

 職場の車は職場のもの。

 だから運転したくない。でも仕事だから運転しないといけない。

 こんな思いで職場の車も運転していました。

 だから、とってもキツかった。

 この車は親のものじゃない。

 私が私が信頼する人から信任を受けて運転するもの。

 運転中は、ある意味私のもの。

 私の操作で安全に運転するもの。

 そして便利なもの。

 そんな思いになってきたので、車の運転にまつわるツラさも軽くなってきそうです。

 久しぶりの囚われに関するふいの気づきの自己開示でした。




  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)過去の出来事

2015年06月08日

スター・ウォーズが許可映画じゃなかったこと

 新作が話題のスター・ウォーズですが、
最初に公開されたのは、私が中学生の頃でした。

 当時、映画は許可制でした。※今はどうなの?
学校が許可した許可映画だけ観てよくて、
 もし許可してない映画を観たら、罰則がありました。

内容や本数などを考慮して学校が視聴の可否を判別するのです。
 管理教育という言葉を体現したような制度ですね。

 さて、このスター・ウォーズ。
公開になったら観に行こうと映画好きの私聞風坊は密かに思っていました。

 しかしなぜか公開日が過ぎても許可されていませんでした。
こういうことよくあったのです。

 でも、
世界で話題の映画だ!
 というのは、田舎の生徒の耳にも入ります。

 そのため、許可が待ちきれず、
隠れて観に行った生徒がいました。

 ところがそれがバレて、学校は激怒したのでしょうか?
許可は降りなくなりました。
 という噂が伝わってきました。
※許可が降りた時だけ生徒には知らされるのです。

 このことでクラスは結構騒然となったものです。

 同級生の中には、
隠れて観に行ったヤツに怒りを向ける人もいました。
許可になったら行くつもりだったのにフンッ
地元以外で観たらいいんじゃないの。OK という知恵者もいました。

 一方、私聞風坊というと、
これといった感情を持ちませんでした。
恨むこともなく、怒ることもなく、
 ただあきらめました。

 すでにこの頃、あきらめることに慣れていたのでしょう。

自分の望みが不条理にも叶わないのに怒りもせず、
 知恵をしぼって自分のやりたいことを達成しようとせず、

ただ社会に適応すること。
 社会のパワーに順応することを最優先にしていたのですね。

 映画にまつわる逸話でした。
  


2015年05月20日

子どもの頃から説明力がいりました 2

 前記事の続きです。

 私聞風坊が説明できるようになったのは、親との関わりで苦労したからなんです。
例えば、全国ニュースで大雨の注意喚起をしていたとして、その受け止め方が独特で、それを子どもの私が解説していたのでした。

 東京の方が雨だったってことだよ。

 土砂崩れは起きてないよ。気をつけて外に出ようね。ってことだよ。

 外出の際は注意してね。というメッセージだから、この際政治は関係ないよ。
ということを言うのですが、

 その説明がきっかけとなって、また誤解が生まれ不機嫌の種になることはよくあったのです。叫び

 東京も雨は降ってなかったよ! 
 この時、東京の「方」というのは広く関東を意味していて、うちの近辺ではなく遠いところが雨だったんだよってニュースなんだよということが言いたかったのですが、「東京」に注意が行くのですね。
 しかも東京が晴れていたというその情報は、数時間前の渋谷の交差点の情報バラエティ番組のテレビ映像だったりもします。
 実際に大雨が降ったのは、その後。

 政治は関係ない。の一言で火が付いて、どれだけ政治が悪いかをその後何時間も言い続けます。
 もし、私がその場を去ったとしたら追いかけてくることもありますし、私のその態度が火に油を注いでいよいよ激情が高まることはしばしば。
 自分の発言が招いた結果なので、行為責任を取って辛抱強く話が終わるまで聞き続けなければなりませんでした。

 発言には注意しろ!
親からは直接的によく言われました。
そして、実際注意が必要でした。

 だから、
どんな風に発言するか、説明するか、
このタイミングか、今は止めとくか?
受け入れられそうなら、次に進むが、どうか?

 そんなことを常に意識を向けながら、親と関わっていたのです。

 必要なことを、最適な言葉で、順序立てて、言葉にして、分かってもらう。

 こうして私の説明力は上がっていきました。
発話に慎重な心性も出来上がっていきました。
  


2015年05月18日

子どもの頃から説明力がいりました

 私聞風坊は、説明好きです。

だから、説明力はわりかしあります。

 会話や講演や書類や書籍の要点を捉まえて、かみ砕いて伝えることが、
習い性になってます。

 そのせいか、私に説明を求める場面によく出遭います。
解説がなかなか上手なんです。

 そんな私なので、子どもの頃はよく知らないことでも平気で説明してました。
知ったかぶりでしたね。 ぷ 赤面

 実は、この説明力。
結構必死で習得したんです。

 なぜなら、我が親に対して、説明せねばならなかったからです。
しかも、一つ一つ、かみ砕いて、相手の理解を待って次に進むという手間暇かけて。

 ということで、普段から家族のことは詳しく語らないようにしていますが、今日は少しばかり話させて下さい。

 親は、相手の言いたいこと(コンテキスト)に焦点を当てるのが苦手みたいで、
会話や文章の中の、自分が気になる言葉・フレーズに注目し、それで文意を組み立てます。

 このことを上手く説明できるか分かりませんが例えば、

 スーツ 昨日の大雨で地盤が緩んでいます。通行の際はご注意ください。
 と、テレビのアナウンサーが言ったとしたら、

 → 昨日? 晴れてたよね。このアナウンサーおかしい。となったり、

 → 土砂崩れが起きたんだ。恐い! となったり、

 → 地球温暖化のせいだから、政治が悪い。となったり、
するのです。

 聞き違いは誰でもよくあるでしょうが、文意の読み違いはどうでしょう?
加えてここで大事なのは、その後どうなるか? なんです。

 アナウンサーの言ったことを聞いて不機嫌になった親は、スイッチが入ります。もう不機嫌が止まりません。都合、挙動が極端になります。

 ちっ、ちっ、ちっ 昨日は晴れてた! ということをその後10分15分、時によっては、翌日も言い続けたりします。

 大泣き 土砂崩れが起きた! ということですっかり怯えてしまい、家族が外に出ることを止めようとします。

 クレイジー 政治の悪口が半日続きます。

 一緒にいる私にとっては、この状況はとてもまずい。恐怖であり、危険です。
だからなんとか平和に戻そうと稚拙な語学力を駆使して必死に説明をしようとします。

この記事続く。
  


2015年05月16日

生きることはテレビを観てるような感じ 2

前記事の続きです。

 私聞風坊は、テレビや映画などの映像から多くを学んだのでした。
だからか、私にとって、一番親近感のある人たちはテレビや映画の中の人たちなんだって気づいたのです。

自分は茶の間にいて、二次元の画面の中の人たちと関わる。
 登場人物をモデルにするけど、
 画面の中のその人たちと
  握手もハグもない。
    肉体は触れあわない。
   同じ空気を吸わない。
 咳エチケットを気にする関係ではない。

 親近感はあるけど接触しない。
愛着を感じる人とは(物理的に)近づかない。
 むしろ思いをはせる形で(空想の中で)近づく。

 どうやらそんな風な関わり方になじんでいるようです。

 これ、
リアルな人間関係にも通じてるようです。
共感もするし、心配もするし、応援もするし、一緒に楽しむし。
 それでいて一定の距離を置いて近づかない。

 誰かが誰かと幸せになるのは嬉しいし、
 誰かが誰かとケンカするのは不愉快。

 共感しつつも見守る感じ。

それは、
 テレビの中の人たちのドラマを見守るのと同じ感覚。
私と誰かとの間には、液晶画面や銀幕があるかのよう。

 それはまるで、
 テレビや映画の登場人物と付き合っているよう。
別世界の者同士が関わっているかのよう。

 社会と距離を置きたい世界中の人。
のうちの幾ばくかは、同じような感覚を持ってるかもしれません。
  


2015年05月14日

生きることはテレビを観てるような感じ

 あんた、映画が好きやね。

 中学の頃、母に言われた一言です。
この時、自分はあぁ映画が好きなんだ。と確認できました。

 確かに、子どもの頃からテレビや映画をたくさん観て育ちました。
テレビや映画からいろんなことを学んだんです。

 例えば、
 アメリカのテレビ番組では、
レディーファースト。男女や人種や年齢による差別はいけないこと。
バンパイアやミュータントやいろんな人の立場に立つことが大事なこと。

 ジャッキー・チェンの映画では、全身で激しく泣いたり笑ったり自分の気持ちを全身で表すこと。

 アニメでは言葉遣い。ちなみにガンダムやイデオンなどの富野作品の言葉遣いは、日常では使いづらいですね。

 NHK教育テレビでは、XやYの使い方。を小学生の頃に覚えていました。が、もちろん数式計算はできませんした。万歳

 あ、こうやって、話しかけるんだ。
   こうやって応えるんだ。
  こんな時は、嫌な気分になるんだ。失礼なんだ。

 「1人にして」って言っていいんだ。
   最初に「すまないけど」って一言入れると相手の意向に添わないキツいことも言えるんだ。

 そんな風に、私にとってテレビや映画は、社会勉強の大切なツールでした。

 今でも、テレビが大好き。最近はパソコンで観られる動画番組も大好き。
時間のある時に、撮りだめたシリーズものの一気観がこのところの贅沢です。チョキ

 さて、ちょっと前に、いつものようにテレビを観ていたら、ふと気づいたんです。
リアルな生活でも、このテレビを観てるようなスタンスだなって。

 テレビを観る時は、昔から、画面に合わせて身体が揺れてました。
 アクションシーンでは、俳優さんがパンチを食らうとパーンチ自分ものけぞるし、
 イタイ目に遭うと大泣き自分の身体をさすったり押さえたり。

感情移入もするし、
 共感もするし、
   激しく心も動くし、※最近はホントに涙もろくなって泣き
 我がことのように本気で悩むし。悔しがるし。喜ぶし。

 私にとって、一番親近感のある人たちはテレビや映画の中の人たちなんだって気づいたのです。

この記事続く。
  




【お知らせ】
これまでの発表や記事原稿を、「聞風坊の図書館」で適宜公開しています。
別サイトになります。こちらもご覧下さいませ。


過去記事
みやchan インフォ
みやchan ホームに戻る
みやchan facebookページみやchan twitter
QRコード
QRCODE
※カテゴリー別のRSSです
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 10人
オーナーへメッセージ
 お手数ですが、携帯・スマートホンなどからの送受信の際は、パソコンからの受信ができるよう設定をお願いします。
 当方からのお返事が送信できないことが時々あるのです。